もったいぶって失敗した話
こんばんは。ギリ二月になってしまいましたが、公任さんの更新です。
さて、今日は公任さんの失敗話です。
コマ外に補足を書きましたが、当時「拍子」というのは、雅楽でリズムを叩く係で、指揮者のように演奏を引っ張る重要な担当だったそう。
絵面はとても地味なのに、花形。もうちょっと時代が下ると、拍子担当の人は割と拍子ばっかりやってるので、演奏できない人がやるもんだと思ってました。
笏を二個打ち合わせたり、中古からは笏を縦半分に切ったものを打ち合わせたりしていたらしい。今回は笏二個使っていることにしたけど、神楽なので、もしかしたら事前に切ったやつを用意していたかもしれません。
イメージは、「マッチ一本火事のもとー」と言いながらカンカン打ち合わすアレです。
思うに、「即興で演奏しようぜ!」ってなったときには誰かの笏借りて二個使ってたんじゃないでしょうか。
公任さんは三舟の才の話にもあったように、和歌・漢詩に加えて管絃もお得意だったので、重要な役割が回ってきたのかもしれませんね。
そんな公任さん、演奏前に隣に座ってた斉信に「斉信どの、拍子やります?」と聞くのです。
これ、意味不明な行為に見えますが、実は貴族あるある。謙遜するのが美徳な平安貴族、任された役割を形式上一旦辞退することがお決まりの型になっていたのです。
現代の感覚だとちょっとどういうことなの? って感じですが、お互いに譲り合って、立場が上の人がやる、みたいな感じですかね。乾杯の音頭みたいな感じで捉えるとわかりやすいかな。
「じゃあ、乾杯の音頭は……課長クンやるかい」
「いえいえ、私より部長にしていただく方がよろしいかと」
「ええ、僕より課長クンの方が良いと思うんだけどなあ」
「いえいえ、部長の音頭が聞きたいですよ」
「そうかい? そんならやろうかな(満更でもない)」
みたいな感じです。多分。
たまにマジで譲りたい場合もあるみたいなんでややこしいですけど、そこは空気を読まないと生きていけないんでしょう。貴族、お疲れ様です。
そういうわけなので、公任さんは本気で譲る気はなかったんですね。
しかも、「こいつ素人だし、絶対やらんやろ」と、ある程度相手が断る予想を立てた上で譲るポーズに入ってます。
もしかすると、当時公任さんと斉信はライバル関係だったので、ライバルに「どうぞどうぞ」って言わせたかったのかもしれない。「やる? まあ、君じゃできないだろうけど?」みたいなマウントを取りに行ったというか……。
しかし、公任さんの予想に反して、斉信は即承諾してしまいます。
先述したように、貴族としては「譲り合い」が正解の対応なんですよね。しかし敢えて、譲るフェーズを入れずに「じゃ、やりまーす」と公任さんから拍子の役を取ってしまいます。
一応、自ら譲ってるわけなので、「あ、やっぱりちょっと……」なんて言えません。譲られたからやりますと言ったわけで、別に責められることでもないので、そのまま演奏に入ってしまうわけです。
もしかしたら公任さんは、「こいつめちゃめちゃ失敗してくんないかな……」と思ったかもしれませんが、演奏は滞りなく進みます。公任さんは斉信の音楽の力量をナメてたけど、実際は実力があったということですね。
で、公任さん演奏中何してたんでしょうね。多分、元々斉信がやる予定だった楽器とチェンジしたんじゃないかなとは思うんですけど、「こいつ管絃できないし」と思ってたところを見ると、もしかすると手空きになっちゃったのかもしれない。呆然と演奏を見てるのも、不憫だけどそれはそれでかわいいですね。
演奏後、公任さんは斉信に「いつの間に練習してたん……?」と聞きます。
これ、公任さんから聞いても素晴らしい拍子だったということの証明みたいな確認のセリフで、斉信は相当気持ちよかったと思います。
「テスト全然できなかったって言ってたのにお前満点じゃんかー」って言う小学生みたいで、正直で好きです。
良いものは良いということは認めるのが、公任さんの良いところ!
で、それに対して斉信は「(演奏も)公務なので一通りのことはできるようにしてあります」とクールな返答。私のイメージではてへぺろですが。
おそらく斉信は、もし機会があれば自分の実力を示そうと、日頃から練習していたんでしょうね。今回はまさにその好機だったので、貴族の「お約束」をぶっ飛ばして、チャンスを掴みに行ったのです。
公任さん、うまくやられてしまいましたね。
そして悲しいことに、公任さん、この日は息子の定頼との共演予定だったとのこと。下手なことせずに、普通に拍子をしていれば「公任親子の演奏素晴らしかったねー」と言ってもらえたかもしれないのに、非常にもったいないですね……。
やっぱり、本当に譲りたくないことは形だけでも譲るスキを与えてはダメですね。現代でも、本当は選ばれて嬉しいのに「私よりももっと適任がいると思うんだけどなー!!」って言っちゃう人、いるんじゃないでしょうか。謙遜しているつもりの言葉だけ拾われて、せっかくもらったチャンスを取り上げられないように気をつけないといけませんね。
というわけで、今回はここまで。
やりたい放題やってる時もあれば、時々きっちり痛い目見てる時もあるのが公任さんの人間として魅力的なところだと思います。