ぽつんと一軒家にあこがれた私が、都心のマンションに暮らすことにした理由
昔から、古い一軒家に憧れていた。
周りは森に囲まれて、お隣さんまで車で行かなければいけないような、いわゆる田舎のぽつんと一軒家。
たとえるなら「となりのトトロ」のメイとさつきの家。あれに憧れていた。
庭には野菜やハーブを植えて、鶏を世話して暮らしたいと思っていた。
空き家を買ってDIYをして、「好き」を詰め込んだ家にしたいと思った。
そんな私の淡い妄想が現実味を帯びてきたのは数年前のこと。
齢40を前についに家を買うというタイミングがおとずれたのだ。
夫婦二人、互いに自営業の私たちは比較的自由に住む場所も暮らし方も選ぶことができる。おまけに夫も山や森が大好きときた。これはついに!と色めき立った。
実際に手ごろな空き家を探して、予算も検討していたのだけど、探しても探しても、メイとさつきの家のようにときめく空き家は出てこない。よしんば心動かされる物件が出てきたとしても、新築並みに価格が高い。完全に空き家市場をなめていた私に現実がつきつけられた。
難航する家探しに頭を抱えていたある週末、夫と気晴らしにキャンプに出掛けることになった。
そのころ住んでいた都心の自宅から約2時間。
周りは水田が広がり、林の中につくられたキャンプ場はほどよく整備されていて居心地がよかった。
小鳥のさえずりを聞きながらコーヒーを飲み、昼寝をし、夕暮れには焚火を眺めた。
ちょっといい肉屋で仕入れたお肉を炭火で焼いて、缶ビールをあける。
日々のつかれがスーッと引いていくような心地よさ。最高だ。
さて、そのキャンプの帰り道でのこと。
「私、ぽつんと一軒家に住まなくてもいいかもしれない。たまにキャンプに行ければ十分かも….」
田舎の空き家を探しまくっていた手前、申し訳ない気持ちでつぶやいた私に「俺もそう思ってた」と夫は言った。キャンプでいいやん。
結局、私たちは元の家から車で15分、隣町のマンションを購入した。
自然は町内の公園くらい。キャンプは月に1度行ければいいほうかな。でも不満はない。駅近でコンビニも病院もあって便利だし、パンの美味しいカフェや図書館、美術館もすぐ近くにある。むしろ最高やん。
アラフォーでようやく気付くことじゃないけれど、人って憧れが強すぎると本当のことが見えなくなるらしい。
若い頃、めっちゃ憧れた先輩とデートをしたとき、実はその人がものすごい亭主関白気質だと知って冷めたことがある。勝手に憧れて、勝手に冷めた。今風に言えば蛙化現象。ひどい話である。
登山に憧れていた時期もある。
会社をやめて時間ができたら登ってやる!と意気込んでいたけど、結局、退職しても山には登らなかった。山への憧れは仕事のストレスが見せていた幻想で(だって山頂の澄んだ空気って清々しくて気持ちよさそう)、いざストレスのもとがなくなれば用無しなのである。
すぐ何かに憧れる「憧れ症候群」みたいな病気なのかもしれない。
仕事だってそうだ。
憧れの出版業界。「プラダを着た悪魔」のアン・ハサウェイみたいなキャリアウーマンに憧れて、雑誌の編集者になりたい!と思っていたけれど、そもそも私は調整役が大の苦手で仕事も遅くて、とてもアン・ハサウェイにはなれなかった。
憧れが強すぎて自分の能力さえ見えなくなっていたのだ。憧れ症候群、恐ろしい。
そんな私がきっと山奥の空き家を買っていたら、きっと今頃、不便さに音を上げていたと思う。
私は自然も好きだけど、同じくらい本とアートも好きだ。図書館や美術館のない街にはきっと住めなかった。
都会の便利さの中でしか生きられないことを認めたみたいでめちゃくちゃ恥ずかしいけれど、これが私の現実。
私は今の暮らしが結構気に入っている。
Photo by hikaritooto
丁寧で、うつくしい暮らしが垣間見えるような写真。すてき!こんな暮らしに憧れていました(また憧れてしまった)
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