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音と紡ぐ自己①「ナイトルーティーン feat. suis from ヨルシカ」

↑ぜひ聞きながら読んでみてください!




 七時三十三分。
 それはいつも俺が大学の一限に余裕を持って登校できるために家を出発する、ちょうどよい時刻だ。時計に目をやると七時三十五分と刻まれている。少しハイペースで自転車を漕がなければならない。

 最寄り駅までの見慣れた一本道を、蒸し暑い空気を正面に受けながら駆けていく。
この往路をたどり続けてもう三年になる。真新しく映るのは有名コンビニチェーンの店舗が潰れたあとにできた、外装のトリコロールがうるさい理髪店くらいだ。代わり映えしないように思われたこの道もゆるやかに、でも確実に変わっていくのだなと安い感慨を街に投げかけるも、すぐにどうでもよくなった。

 そうこうしているうちにいつも使用している駐輪場に到着。七時四十分を示す分針を見て少し安堵する。四十三分発の電車には余裕で間に合うはずだ。
 駅の改札に向かう過程では様々な人が視界に入ってくる。スーツ姿の若い女性、くたびれたポロシャツを着た白髪の老父、白い半袖のブラウスにチェック柄のスカートを履く、制服の女子高生たち。よく見れば、彼女らが着ているのは俺が卒業した高校の制服だった。

 当時は自転車のみの登校だったにも関わらず、この駅には定期的に来ていた時期があった。その理由を不覚にも思い出してしまう。

 差し込んでいた橙の西日が沈み、濃藍と空色が混ざり合うような夜空が、教室を包もうとしている。
 合奏とミーティングを終えた後の自主練習を経て、楽器の清掃を終えたので、ようやく部室を後にできる。どう考えても「彼女」を待たせすぎだ。

 昇降口を出て駐輪場へ早足で向かう。居残って練習をする癖に楽器を片付けるのが遅い自分を、駐輪場で彼女が待つという悪癖が恒例になって久しい。
「ごめん、待たせた。」
「大丈夫。いこう?」
 少し癖のある髪をハーフアップでまとめ上げ、色白で透き通るような肌。笑うとつり目になる瞳の彼女がこちらを覗いていた。女子にしては長身で、男子の平均身長にわずか及ばない自分がいつか追い抜かれそうで、いつもヒヤヒヤしている。

 そんな彼女と出会ったのは高校入学後に入部した吹奏楽部だ。楽器初心者だった自分と同じパートであった彼女は、懇切丁寧に様々なことを教えてくれた。話していくうちに、部活以外にも好きなアニメや楽曲などの趣味が合ったこともあり、すぐに意気投合した。
 二年生の四月頃から急激に距離が縮まり、ゴールデンウィークで二人でたくさん遊び歩いた。
 不慣れでたどたどしいながらも「好きです」と告白をし「私達らしいね」と告白を受け入れてくれた。人生初の彼女である。

 当初はどちらも舞い上がっていて部内恋愛だったこともあり「いつバレるかな?」と2人でたわいもないドキドキを分かちあったりもした。
 どちらも初めての交際で、互いに奥手ということもあり、距離感を掴みあぐねていた。せめて恋人らしいことをしようと、話し合って決めたルールが「週二回は一緒に下校する」というものだ。

 当時の二人ではそれで精一杯だったが、逆に週に二回二人の時間を設けられると決まった途端、その時間が待ち遠しくて仕方がなかった。何を話そうか、今日あった出来事で一番笑い合えるのは何だろう。
「今日の小テストどうだった?」
「ちゃんと勉強したからもちろん満点だよ!」
 絞り出した話題のしょうもなさに情けなくなるも、得意げに語る彼女の満足そうな顔を見てこちらまで満たされてしまった。
「合奏中散々指摘されちゃったわ……」
「あのフレーズ難しいからね……」
 部活でのこと。
「テスト終わったらどこか出かけない?」
「お台場とかいいんじゃない?」
 次に出かける場所のこと。
「期末テストどっちが勝てるか勝負しない?」
「いつも通り負けないけどね。」
 英語と数学という互いの得意教科で、いつも張り合うテストのこと。

 取るに足らない会話。深い意味などない言葉のラリーが、どうしてこんなにも心地よいのだろう。ぬるま湯のような仄かな気持ちよさが、二人の間には確かに存在する。
 気づけば駅までの一本道も走り終えてしまい、いつも別れる交差点に差し掛かる。
「もう駅着いちゃったね」
「はやいなぁ……じゃあまた明日部活で。」
「ばいばい!」
 別れを惜しむみたいに矢継ぎ早に、声高に紡がれる言葉たち。駅に向かう彼女に背を向けるのが名残惜しくて、少しだけ見届けることも時々あった。
 彼女が視界に収められなくなった時、ようやく背を向けて自転車で走り出す。
「今日も可愛かったな」
 そう呟くまでがこのルーティーン。

 この穏やかな幸せはいつまで続けられるのだろう。漠然とした不安に襲われることもあるが、彼女の顔を見るたびに忘れてしまうのだ。

※※

 四限までの授業を終え、自宅の最寄駅に着いたのは十九時すぎになってしまった。ホームから空を見上げれば、濃藍と空色に染め上がっている。
あの頃見上げた空と同じような色だと、おぼろげに思い出す。

 今朝思い出した彼女の記憶は、以前よりかなり曖昧になってしまったように思う。別れてからもうニ年以上も経過しているのだから、当たり前のことなのかもしれない。彼女に対する感情も記憶も褪せていくことが怖く、寂しかったのに、今ではその記憶を必死に脚色することでしか彼女を感じられなくなってしまった。それを誰に語れるわけでもなく自分の中にしまい込んで、また忘れてしまうのだろう。そんなことを繰り返す孤独に、いつ慣れることができるだろうか。

 ただの帰路になってしまった一本道を、使い古した自転車で駆ける。吹き抜ける夜風が季節の変わり目を告げる。冷気を微かに帯びた、心地いいはずのそれが、今日ばかりはぼんやりと寂しさを滲ませた。


↑読後もぜひ!




というわけで
音と紡ぐ自己①「ナイトルーティーン feat. suis from ヨルシカ」

いかがだったでしょうか。


はじめましての投稿をしてから早くも一ヶ月以上が過ぎ、なんなら長かったはずの夏休みも終わってしまい……

何かしなければ!と焦っていた数日前にハマったのが今回取り上げた曲「ナイトルーティーン feat. suis from ヨルシカ」です。

先日、TVアニメ呪術廻戦第2期のop「青のすみか」を歌ったキタニタツヤが作詞作曲編曲を手掛け、ヨルシカのsuisがボーカルを務めるというなんとも豪華な本曲。

suisとキタニタツヤの穏やかな歌声と淡々とした曲調で紡がれるのは、日常の中でふと思い出してしまう大切な人の名残。

何気ない日常の積み重ねでも
大切なあなたとなら至福の時になりうる。

そうして癖づいた
今も繰り返しているルーティーンを
共にしてくれたあなたはもういないのだと。

劇的な出来事ではなく、ありふれた日々で気づいてしまった喪失こそ、大きな寂しさを伴うのではないでしょうか。


この曲に出会い、自分にとっての「大切な人とのルーティーン」は何だろうと思い返した時、高校2年生の時、部内恋愛をしていた時のささやかなルールがあったなと。

今の登下校の道を通ることこそが、かつて彼女と一緒に下校した時のルーティンであり、今のルーティーンでもある。

そこにいないのは彼女だけで、今日の出来事を話す相手はいなくなってしまった……


あれ? ……この曲俺の話歌ってないか?

となってしまいました(笑)。


昔から私は音楽と文章の融合に
興味がありました。

きっかけとしては
中学生の時にとある小説を読みながら全く関連のない、ただ自分の好きな曲を流していたことがあり、その時に偶然曲の歌詞と音楽、小説の文章が同じ意味を成すかのような瞬間がありました。

要するに
「この歌詞すごいこの場面にあってる!」
ということ。


その時味わった感動と鳥肌が忘れられず、今では漫画であれ、小説であれ、物語に出会うたびにこの話に合う曲はないかと探してしまうのが癖になっていました。


その癖が自分自身にまで及んで
「この曲俺だなぁ……」と共感を超えた境地に至ってしまう。


そうして募っていくこの感動をどうにか出力できないものかと考えついたのが「音と紡ぐ自己」です。

自分のさまざまな側面を好きな曲に乗せて小説にする。そんなシリーズにできればいいなと。

このシリーズでは必ず取り上げた楽曲を聴きながら、もしくは読んだ後に聴いていただきたいです。

そうすることでようやく、このシリーズは完成するのです。


短いながらも、小説を執筆したのは本当に初めてのことで、筆が止まる時もあればスラスラと自分の中から文章が編み出される時もあって、その瞬間は非常に楽しかった。


今後は大学での自分の恋路のシリーズ(題名はまだ未定です…)とは分けて、気が向いたらこっちの音と紡ぐ自己シリーズをやっていきたいと考えています。




ここまで書いて自分でも思ったことが1つ。

いや、どこがチェンソーマン???笑


自分で言うのもあれですが、高校時代ではかなり甘酸っぱい恋愛をしていたと思います。

そんな奴のどこがチェンソーマンなのだと。

しかし、自分の大学に入ってからの恋愛の原動力は、かつて味わったあの甘酸っぱさを求めて、というのが大きいのかもしれない。

あの幸せが忘れられなくて、何度も何度も好きになった人たちに飛び込んでいってしまうのかと、今回この記事を書く上で再認識できたような気がします。



それでは最後に私が面食らった最高の歌詞を載せて、この記事を終えたいと思います。

(感想などはもちろん、小説の表現のおかしい部分等あれば、ぜひコメントでご教授ください!)


少し大袈裟に喪失を歌う

「ナイトルーティーン feat. suis from ヨルシカ」    キタニタツヤ

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