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映画マッチング 答え合わせ

愛されなかったということは、生きなかったことと同義である。(ルー・サロメ)

この言葉を知ったのはとある漫画だが、まさに永山吐夢を表す言葉だと思った。
映画『マッチング』。2024年2月に公開された、内田英治監督による土屋太鳳主演のサスペンススリラー映画である。マッチングアプリを題材にした映画であり、サスペンススリラーではあるものの『愛』について哲学的に描いている部分も多い、ある種異色な作品でもある。
そんな作品のヒールとして登場したのが、永山吐夢である。演じるのはアイドルSnow Manの元気印、佐久間大介。ピンク頭と太陽のような笑顔がチャームポイントの彼が、そのどちらもを封印し、髪を白く染めて影に溶け込むストーカーを演じた。

主人公・輪花(土屋太鳳)はウェディングプランナーとして生計を立てていながら、恋に臆病でパッとしない毎日を過ごしていた。そんなある日、昔片想いしていた恩師の結婚により、マッチングアプリをインストールすることに。最初は乗り気じゃなかった輪花だが、とりあえず友人に勧められるがままあるひとりの青年、『トム』とマッチングし、会うことになる。アプリでは好青年だった『トム』ー永山吐夢ーは、実際に会うと陰鬱とした粘着質な男だった。1度会ったことによって吐夢にストーカーされるようになった輪花は、仕事の取引相手だった影山(金子ノブアキ)に相談するが……。

簡単なあらすじは以上だが、ここから物語は二転三転し、想像とは違う形で想像通りのラストを迎える。これが映画オタクとしてはとても新鮮で、映画としてもとても面白い作品だったのだ。

サスペンススリラーでありながら愛を哲学的に示唆しているこの作品は、考察の余地もたくさんある。でも考察せずともエンタメ作品として楽しめる。その上で、私は観た数日後に考察をした。しまくった。持ちうる知識を総動員して考察した。

でもこのときはまだ小説版も読んでいなかったし、2回しか観られていないときのものだから解像度が低い部分もある。だからこそ今、円盤が発売されたタイミングでより深い考察を言葉にしたいと思い、筆を取った。
前回書いたnoteで考察したところを踏まえての文章だから、できれば前回のものを読んだ上で読んでほしいけれど、読まなくても理解できます。
あと「答え合わせ」って銘打っているけど、これが正解なわけではないです! 私の中での正解であり、私はこうやって読み解いて楽しんだよという言語化です! なにか違う点があってもそこはゆるしてください。
ざっくりと、「映画を何度も観るうちに読み取れたところ」と、「映画だけじゃ読み取れなかったところ(小説版でわかったところ)」に分けて書いていきます。それでは。


観ていくうちに理解できたところ

①節子の執着の強さ(引越し)

これは私の読解力のなさが浮き彫りになったところなんだけど、唯島家って芳樹と節子の不倫が露呈してから1度引っ越してるんですよ。でも正直気付けなかったのも無理はないと思う。それほどまでに、以前に住んでいた唯島家と今の唯島家は酷似している。これは芳樹による過去への執着とも言えるだろう。
『マッチング』の作中では、過去回想のシーンが多い。中でも歪だったのは、芳樹が縁側でリビングを振り返るシーンだ。今の芳樹がいるのは、当然今の唯島家。振り返って過去を回想して見ているのは過去の唯島家。違うのに、同じ。それが怖い。
そうでなくとも、唯島家はちょっとした小道具が20年前で止まっている様相のものが多い。時間が止まっているという示唆なのだろう。
そしてここから浮かび上がるのは、節子の執着の強さだ。節子が芳樹を刺した後、唯島家は引っ越した。きっと美知子は不倫を知った上でやり直すつもりだったし、輪花には秘密にするつもりでいた。でも節子は出所後、施設に入った影山を迎えには行かず、引っ越した芳樹の家を突き止め、美知子を誘拐して監禁に至った。異常である。
その異常さが、唯島家が引っ越したことによってより一層際立った。

②金魚

『マッチング』では3つのシーンで、金魚が出てくる。でも全て形は違い、それは酸素ポンプの有無からもわかる。
・芳樹と輪花が暮らす唯島家→ポンプも金魚もいる
・輪花と影山が話す喫茶店→影山の方だけ金魚がいない
・美知子と輪花が暮らす唯島家→金魚だけがいる

この3回だ。そもそも『マッチング』は輪花と吐夢の初デートやラストシーンのデートが水族館だったことなどから、水中動物の演出の部分が大きい。
例えばクリオネ。天使のようでありながら捕食する姿は悪魔のようと称されるクリオネは、天使のような清らかさを持ちながらも、影山や吐夢のような闇を引き寄せてしまう輪花を表している。
例えばサメ。冒頭のデートシーンの別れで、吐夢から輪花の方に泳いでいくサメからわかるように、吐夢が輪花を捕食するように、吐夢の闇が輪花の光を侵食していくのがわかる。
ならば金魚にも意味がある。そう思った方が自然だろう。
だが何度観ても、私はここの演出の意味が理解できなかった。なんなら図書館で図鑑まで読んだ。でもクリオネは「流氷の天使」と呼ばれるのに対し、ホホジロザメは「人食い鮫」と呼ばれるのに対し、金魚はそういう異名がない。じゃあむしろ金魚に意味があるわけではないのか、金魚とポンプの関係性にこそ、焦点を当てるべきなのか。
そう思った結果、ひとつの過程を立てた。金魚=愛、酸素ポンプ=秘密だとしたら?
ポンプの方は秘密以外のなにかである可能性は払拭できないけれど(喫茶店で輪花の方にもあったことがイマイチ説明できないから)、少なくとも金魚=愛で間違いないと思う。輪花は影山に対しても親愛を感じていたが、影山は輪花に対して恨みしか感じていなかった。その証明だと思う。
じゃあなぜ唯島家の金魚鉢からポンプがなくなったのか。どちらも金魚はいるのに。
前半にあって後半にないもの。それが秘密ではないかと、私は仮定した。

余談だが、『マッチング』の副音声での裏話によると、喫茶店のシーンの金魚が一緒に泳いでいた魚を食べてしまったらしい。これも影山と輪花の関係性を示唆しているようで、おもしろい偶然だよね。

③美知子の笑み

まだ美知子と節子のキャラクターがわからない頃、白い服を着た節子は赤いドレスの美知子に、影山からの手紙を渡す。
『母さんへ。ついに見つけたよ。やっと母さんを救ってあげられるね。もうちょっとの辛抱だからね。その女が最後、どんな顔をするかが、今から楽しみだね。』
そしてその手紙には、輪花の写真と、在りし日の芳樹と美知子と輪花の顔にバツ印がつけられた写真が同封されていた。これを見て美知子は怪しく笑う。それこそ「ニチャァ……」と音が鳴るくらい、意味深に。
わかっている、これはミスリードだ。赤いドレスに車椅子のこの女性こそが影山の母であり、輪花を貶めようと裏で意図を引いている張本人なのだというわかりやすいミスリードである。
そして実際は違った。実際この女性は輪花の母、美知子であり、美知子に手紙を渡した女性こそ影山の母、節子であった。美知子は節子に監禁されている、被害者なのである。

じゃあなぜ美知子は自分の娘が危険にさらされているにも関わらず、意味深に笑ったのか。私はここの意味がわからなかった。だが観ていくうちに理解できたのである。「影山からの手紙には、差出人の名前が書かれていない」。そして節子は美知子に手紙を渡すとき、「お手紙ですよ」としか言っていない。つまり美知子はこの手紙を、輪花からの手紙だと思ったのだ。
そう思えば合点がいく。輪花からの手紙だと仮定すれば、「その女」は輪花ではなく節子だし、輪花の写真は今の様子を知らせるもの。バツ印で傷付けられた唯島家の写真は節子のものだとすれば、ここから母さん(美知子)を助けるからねというメッセージにも受け取れる。
そしてその後、吐夢と輪花のマッチング画面で、吐夢からこの写真が送られてきている。これはわかりやすい「吐夢と節子が繋がっている」ミスリードなわけだが、最後まで観ると「影山と節子が繋がっている(影山が節子に成果を見せたくて手紙を送っていた)」のだとわかる。つまり、あのマッチング画面は影山が遠隔操作しており、輪花と視聴者の印象操作をしていたのだ。おもしろいね。


映画だけじゃわからなかったところ

①マッチング婚にこだわった意味

小説版『マッチング』は、吐夢視点で描かれる。なぜ殺人を犯したのか、彼の突き動かされる愛の理念はなんなのか。映画では描かれなかったものが、事細かに描かれている。
その中で恐らく1番大きかったのが、吐夢が「マッチング婚にこだわった意味」と「殺した理由」だと思う。
小説版にはこう書かれている。

愛とは長い時間をかけて育むもの。スマホやパソコンで簡単に手に入るものではない。結婚とは神が定めた運命であり、たやすく結ばれてはいけない。
マッチングアプリ出会ったふたりは罪深い男女に違いない。出会いは自然でなければならない。軽薄なアプリ婚。罪を与えなければならない。

小説版『マッチング』より

つまり吐夢の中でアプリで出会った恋による結婚なんてものは軽薄であり、永遠の愛どころか愛と呼べる代物ですらない。困難や障害を乗り越えてこそ愛であり、運命と呼ばれる。タップひとつで出会うなんてそんなもの、罪深い所業である。
随分凝り固まった思考だ。でもそれは吐夢の中で矜恃ですらあった。
罪深いから罪を与える。と言ってもその罪は、罰とは違う。テストのようなものを施すのである。

②殺す理由

これはまぁ「当たっていた」と部分もあるんだけど、吐夢がマッチング婚したカップルを殺したのは、テストによる試し行動だった。「愛する人のためなら自分の命を投げ出せるはず」。吐夢の凝り固まった恋愛観はそう言っており、マッチングアプリによって出会った軽薄な愛のふたりを試すことによって「マッチング婚も永遠の愛になり得る」ことを証明したかったのである。
鎖でふたりを繋ぎ、身体の自由を奪った上で、吐夢は言う。「助かるのは、ひとり。ひとりが死ねば、もうひとりは助けます。どちらが死ぬか、自分たちで決めるのです。」「どちらかだけでいいのです。そうすればあなたたちは解放され、永遠の愛を誓えるのです。」つまり相手を生かすために自分の命を差し出せば、吐夢の中で『真の愛』として認定され、永遠の愛を誓えるという寸法だ。
だが当然、みんな我が身が可愛い。自分の命で相手を助けようなんて、思う人の方が少ないだろう。ましてや恐怖に支配された空間で、脳が萎縮してしまっているに違いない。少なくとも、吐夢の前で自己犠牲をもってまで相手を守る決断をするカップルは、ひとりもいなかった。
そんな姿を見て、吐夢は冷たい目で結論付ける。「なぜ死をもってして自ら犠牲になることができないのか。『真実の愛』じゃなから。」

吐夢の「永遠の愛をプレゼントしたい」という思考はある意味神のようなものであり、そこに影山のような「誰かに認めてほしい」という私欲はない。ただ「みんな『永遠の愛はない』なんていう当然の摂理に気付いていなくて哀れだから『永遠にしてあげる』だけ」。

前回のnote「考察感想レビュー」より

以前、私はこう書いた。ここらへんは当たっていたと思う。ただ後者は違っていた。

そして神のような思考から見た、吐夢にとっての「幸せなカップルたち」は「愛の対象」でもある。(中略)
吐夢が殺人を続けるのは「永遠の愛をプレゼントする」ためであり、「自分の中で潤沢に溢れる愛を発散する」ためでもあるんだろう。

前回のnote「考察感想レビュー」より

吐夢はたしかに神のような視点から殺人をしている。だがそれは「永遠の愛を教えてあげる」だとか「プレゼントしてあげる」みたいな優しさがあったわけではなく、ただ単純に「真実の愛以外はいらない」と思っているから。
そしてここの相違は、次の点にも繋がってくる。

③十字架

私は吐夢が被害者の顔に書いた傷を、十字架だと思っていた。だが吐夢はそれをバツ印だと言っている。これは小説版でも明記されている。
アプリ婚連続殺人事件。これはマッチングアプリで出会い結婚したカップルを狙った殺人事件を指す。お互いの手を鎖で繋ぎ、顔には大きな十字の切り傷が刻まれているのが特徴。
その真犯人こそ、永山吐夢である。うち1件は影山が犯人だが、全体を通しての犯人は吐夢である。
私は吐夢がカップルの顔に傷をつけているのは、赦しをほどこしたり罰を与えるための十字架だと思っていた。彼は神であり、永遠の愛ではない、不誠実な愛だといえるアプリ婚をしたふたりを赦すために十字架をほどこした。「真実の愛に気付けなかった軽薄で罪深い所業に手を染めたカップルに罰を与え、赦すため」に。

だが実際、吐夢は想像以上に子どもらしかったらしい。「ダメなものにはダメな印を」。テストで合っているものにはマルを、間違っていたものにはバツを。それと同じ。君たちは「ダメ」だからバツ印をつける。私が思っていたよりもずっと子どもらしく純粋な理念で動いており、同時に思った。
彼の価値基準は子どものまま止まっているのだ、と。
ちなみに影山が輪花の恩師のカップルをアプリ婚連続殺人事件に模倣して殺害した際も、顔にバツ印を刻んだが、これを影山は「罰」と呼んでいる。そして自分が手にかけているカップルが捨て身の愛を見せても、むしろ「唯島輪花を愛した罰」として鉄槌を下した。
これが吐夢と影山の違いである。後々語るが、吐夢の判断基準が自分の中にあるのに対し、影山は母(聖書)に囚われているのが如実に描かれている。

節子のアイコンは十字架とマリア像である。そして前回のnoteでも語ったが、十字架もクローバーもクロスモチーフである。

過去も現在も、節子の胸元には十字架のロザリオが飾られている。そして吐夢のペンダントには薔薇の刻印がある。ちなみにロザリオは「薔薇の花園」という意味を持ち、聖母マリアへの祈りを一輪の薔薇と見なしていると言われる。
影山と節子の車が同じ赤色ということが「親子の暗喩」だったが、吐夢と節子が親子であるという暗喩は「首の装飾物」だったわけだ。(中略)
クロスモチーフのアクセサリーには、「心の解放」もとい「幸運のお守り」という意味もある。クロスモチーフは「4つの元素で構成されている」「幸運のお守り」。
ラスト、吐夢と輪花が見ていた、毒を持つミズクラゲも別名「ヨツメクラゲ(傘に透けて見える4つの線から)」。ふたつとも、まるで「4つの葉を持つことで」「幸福の意味を持つ」四葉のクローバーのようだね。

前回のnote「考察感想レビュー」より

小説版では、物語の区切りに「×」印が使われている。これは言うまでもなく、アプリ婚連続殺人事件における象徴、顔の傷だろう。
だがそれが最後、「‪✝︎」印になる。吐夢がテストにマルバツをつけるように、自分の価値基準で正解不正解を決めていたところから、最後「自分の中の真の愛」を見つけてしまう。それが「愛おしい輪花を自分の手で壊したい」になるわけだが。
真の愛が「自らの命を捨ててでも相手を守る」であり、それを信じて殺人を繰り返すのに、自分の輪花に対する思いは「一緒に壊れて共生しよう」なの、狂ってるね(褒め言葉)。

④節子への思い

吐夢はずっとペンダントをしていた。それは彼にとって親の唯一の手がかりだったからであり、彼は事ある毎にそのペンダントを大切そうに握っていた。そしてそれは「まだ見ぬ母への愛」があるからだと、私は解釈していた。

吐夢の中で、節子への愛がなかったわけではないと思う。実際、吐夢は自分の中で節子と血縁関係があることを知ってからも、ずっとペンダントを大事に着けていた。そして吐夢のペンダントには薔薇の刻印がある。ちなみに薔薇のペンダントは「豊かな愛情」や「恋愛の成就」という意味を持ち、親や恋人から贈られると特に効果が強まると言われてもいるんだよ。怖いね。(中略)
芳樹に吐夢の妊娠を告げ、別れ話を切り出されたとき、節子は芳樹の背中に包丁を突き立てた。そして吐夢も、偶然だろうが節子に背中を刺される。影山から輪花を救ったとき、吐夢は影山の持っていた包丁を見つめて捨てにくそうにしている。「これが父さんを刺した包丁かもしれない」という、ないはずの記憶を思い出し、懐かしさに耽る表情だったのではないか。
この段階で、吐夢は全員の血縁関係に気づいていただろう吐夢は、そこに「愛を感じた」。

前回のnote「考察感想レビュー」より


私は以前、こう書いた。でも実際、吐夢はそこまで節子に執着してはいなかったのだ。吐夢は節子の行動を愛と曲解して満足したのではなく、ただ単純に最初から愛を求めていなかったから。
むしろ謎解きに近い。「自分を捨てた親は誰なんだろう。自分を産んだ親は今どこで何をしているんだろう」。それを知れたから、もうどうだっていい。大切にしていたペンダントももういらない。むしろそれを大切にしていた理由も、謎解きに必要なアイテムだったからに過ぎないかもしれない。
どこか欠落している。それが永山吐夢なのだ。むしろ吐夢が捨てた息子だと判明したときに動揺していた節子の方が、人間らしくあると言えるだろう。

もうこれ以上、彼女に話す必要はない。
ただ出会えたこと。それだけで充分だ。

小説版『マッチング』より

⑤吐夢の過去

じゃあそんな吐夢が生成されるに至った過去とは。
吐夢は高校生の頃まで、陽気だった。陽気なキャラを演じていた。

髪を金に染め、誘われてバンドを組み、SNSではしゃぐ日々を送る。そうすることで、ようやく孤独から免れていた。正直、苦痛だった。

小説版『マッチング』より

小説版にはそう記されている。生きるために光が必要だと、光に固執するまでに孤独に飼い慣らされていた吐夢は、青春の中にこそ光があるのだと思っていた。だがそこでは苦痛しか感じず、吐夢が次に光を見たのは恋愛感情だった。

彼女の時折見せる飢餓感や寂しげな瞳に親近感を覚え、惹かれ、親しくなった。人に愛されることの幸せを、自分はこのとき初めて知った。
彼女こそ運命の人なのだ、と確信した。

小説版『マッチング』より

吐夢は彼女と交際を始める。だが別れが訪れた。そしてそのとき吐夢は、彼女を階段から突き落とし、歩行能力と声を奪った。吐夢の「運命以外はいらない」という思考の片鱗が生まれた瞬間である。
更に吐夢の前で怯え震える彼女を見て、「愛おしいと感じた」と話している。このあたりは小説版の148ページ付近に記されているが、終盤のエピローグでは再びそこに対して細かく描かれている。

壊れてしまった彼女を見た時、自分ははっきりと「愛しさ」を感じたのだ。
(中略)なのにー唯島輪花に対しては、まったく逆の想いがある。……壊されたくない。……守りたい。

小説版『マッチング』より

吐夢にとって愛とは、「壊したい」。ただ輪花に関してだけは、「壊されたくない」。つまり他者の手による介在をゆるしたくはないのだ。でも「壊したい」ことに変わりはない。
吐夢は病室で、輪花に「愛する人を守ることは義務ですから」「僕にとっての光は輪花さんの中にしかありません」と語っている。闇の中に生きながら光に固執し、「守りたい」という自分の中の愛情の光の部分をさらけ出している。じゃあ「壊したい」という闇の部分は、いつ表出するのか。

吐夢にとって『真の愛』とは、聖書に記されているものである。
“人が己の友のために自らの命を捨てること。これに勝る愛はない。”
「ヨハネによる福音書 15:13」である。まさかキリストも、吐夢にここまで曲解されるとは思っていなかっただろうが。

吐夢が聖書に惹かれたのは偶然であり、その中の愛を自分の中に閉じ込めたのもただの運命のイタズラにすぎない。そして節子の愛の理想もまた、十字架やマリア像、聖書の中にある。
だから影山は聖書に執着し、顔のバツ印を「罰」と呼んだ。そして自分が手にかけているカップルが捨て身の愛を見せても、むしろ「唯島輪花を愛した罰」として鉄槌を下した。聖書らしい。
影山のそれは必然であり、吐夢の観念は偶然であった。だが全員聖書によって繋がっている。これが親子の示唆でもあるのだろう。


吐夢と輪花の違い

吐夢も輪花も愛着障害だよね~まぁ機能不全家族で育ったからそこはしょうがない。と、大学で心理学をほんの少しかじったオタクは思うわけです。
簡単に言うと、「愛着障害」とは保護者との安定した愛着が絶たれたことで引き起こされる障害をいう。「甘える」や「誰かを信頼する」などの経験値が極端に低いため、対人関係において不安定で依存的、さらに拒絶などの恐怖を感じやすく、自己肯定感や自己価値感にも問題を抱えていることもある。
でも吐夢と輪花は形が違う。愛着障害には「回避型」と「不安型」がある。例えば輪花はわかりやすく「回避型」。芳樹に「お前は昔から恋愛が苦手なんだよ。好きな子ができても自分から離れてしまうじゃないか」と言われたように、愛着を感じる前に離れる。裏切られないように期待しない。
対して吐夢は「不安型」である。自尊心が低く、人に依存しやすい。幼少期に親と安定した絆を築けなかった人がなりやすく、「見捨てられる不安」に囚われている。根本的に人を信じられず、相手がどのくらい優しく誠実にしてくれるのか試している。
吐夢の「試し行動」は輪花に対しても見られていたが、小説版を読んだことで殺人に関しても「試し行動」をしていたことがわかる。
輪花に対して「輪花さん、脈なさそうだからマッチングアプリ入れました」と言って反応を伺ったように、「ひとりが死ねばもうひとりは助けます。どちらが死ぬか、自分たちで決めるのです。」と鎖で結びつけたカップルに対して言い放ち、判断を委ねている。
もちろん「愛着障害」における「試し行動」は、善悪の区別がつかないのではなく、自分の行動がどの程度受け入れられるのかを知るために行われるものだ。前者においては100%当てはまるが、後者において絶対的に当てはまるとは言い難い。だが吐夢が、「自分の中にある『真の愛』が実在すると証明するために勝率を上げようと試し続けている」という意味では、吐夢の「愛着障害」がなし得たことだと言っても間違いないだろう。


永山吐夢にとっての愛

吐夢にとっての愛については散々語ってきたが、正直まったく語り足りない。『マッチング』に関するnoteもこれで3つ目だが、吐夢というキャラクターはいくら語っても語り足りないくらい愛おしく、おぞましく、理解に難しく、恋しい。
前回のnoteで、『吐夢は「愛される」ことはある程度諦めてると思う。でもどこかで、「こんなに深く愛してるんだから愛してよ」とも思っている。例えるなら、めちゃくちゃ強いピッチャーだけど、1度も打ち返されたことがないからずっと壁に向かってボールを投げてるみたいな感じ。だからこそ、最後輪花に打ち返されて嬉しくなっちゃうんだろうけどね。……嬉しくなって、1しか返されていないのに「僕は100愛してるんだから100で返して」ってなりそうな不安もあるけど。』と語った。でも実際、吐夢は愛に対して諦めてはいない。
殺人に手を染めた原因も、元はと言えば「マッチングアプリで出会った相手が、自分を拒否したくせに自分以外の人とアプリ婚に至ったから」である。身勝手であり、そこで生まれた嫌悪感を「愛の証明」に利用した。

別に吐夢は、『真の愛』を返されたいわけでも、「愛の証明」をしたいわけでもないのだ。ただ偽の愛が真実の愛として誓いを結ばれていることに嫌悪感を抱いたから。輪花がいつか壊れて天使から悪魔へと生まれ変わり、吐夢と一緒になる未来が欲しいから。
突き詰めれば、吐夢はただ自分だけが不幸なのがゆるせず、そして共に闇へ堕ちるなら輪花がいいと思っているだけなのだ。
わがままで独善的で独り占めしたがる。それが彼の中の、愛なのである。

『マッチング』のラストの笑みは結局、「不幸なのは僕だけじゃない」「僕と一緒に不幸になってくれる人を見つけたよ」という意味だったのである。

怖いよ、永山吐夢。


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