天上の花 -曼珠沙華- ✎

毒というものは相手を倒すために盛るよりも、何気なく盛られた方が効くもんだ。

あの日アンタに盛られた毒は、今も俺を苦しめている。

いや…苦しいのは近藤さん…アンタだった。

だから無意識の内に俺に毒を盛った。

『トシ…俺はこれで終わりにしようと思う。最後になって同じ夢を見る事が出来なくなってしまったな…すまない』

謝るべきは俺だろ?

罪を犯したのは俺だ。

アンタを救う事が出来なかった俺だ。

近藤さん

アンタに死に場所も死に方さえも選ばせてやる事が出来なかったこの俺だ。

武士として一番最低な…斬首なんて終わり方をさせちまった、俺なんだよ。 

その事実を知らされた時、近藤さんの死に場所に真っ赤な曼珠沙華が咲いていたとも聞かされた。

怪しいまでに美しく、毒を盛った曼珠沙華の花。

それは近藤さんの血を吸って咲いたのだろう。

曼珠沙華は別名【天上の花】

血を吸い続けた俺達にとってきっと、あの花は蒼穹へと渡るための符に違いない。










何時死ぬか、何時死ねるのかと思いながら、俺は蝦夷の地まで来た。
 
なかなか死ねないって事は、まだ死ぬなということなんだろう。

そう思い、自分に言い聞かせるようになってから、どのくらい経ったのだろう。

「…」

にわかに執務室の外が騒がしくなった。

次の瞬間忙しなくドアを叩く音が響き、俺の返事も待たずに若い隊士が飛び込んできた。

「うるせぇ!少しは落ち着け!」

「副長…弁天台場が…」

「弁天台場がどうした?」

「新政府軍に包囲されました」

「ふん…」

(そう来たか…)

弁天台場は事実上孤立無援の状態になった。

弁天台場には古い付き合いの島田魁がいる。

あの巨漢はただでやられる様な男ではないが、このままでは潰されるのは時間の問題だろう。

「さて…どうするか」

青白い顔を引きつらせているその隊士は、俺の顔を不思議そうな顔で眺めていた。

「なんだ?俺の顔に何かついてんのか?」

「すっすいません…土方さんが…」

「俺がどうした?」

「その…笑っているので」

笑うしかねぇだろ?

盛られた毒が、ようやく効き始めたんだからよ。  

大罪を犯した俺に、やっと最期の時が来たんだからよ。

「今から弁天台場に向かう。ついて来たい奴だけついてこい。命が惜しい奴は来るな。邪魔だ」

「はっ!」

上着を手に取り手早く装備を確認する。

ホルスターに銃を装備し、そして少し考えてからホルスターごと机の上に置いた。

「慣れてねぇもん使って、無様な姿晒すのもな」

自分の死に様を気にしている自分がおかしくて、さらに笑みが溢れた。

「土方君!」

突然、血相を変えた大鳥圭介が部屋に執務室に飛び込んできた。

支度を整えている俺を見て、顔を真っ赤にしながら何やら怒鳴り散らしている。

頭がおかしいのか?

他にも方法があるだろう?

命を大切にしろ!

ありきたりな言葉を捲し立て、机の上の銃を見てさらに声を荒げた。

「土方君!君は死にに行くつもりなのか⁉」

「そろそろ良いだろう?引き際ってやつだ」

「僕は君に死んで欲しくない。僕にはまだ君が必要だ」

「俺にはそんな趣味はねぇ。諦めろ」

「茶化して話を濁さないでくれ!」

「悪い。俺はアンタと違って、ふざけて生きて来た人間なんでな」

震える大鳥の肩をポンと軽く叩き、俺は執務室のドアに手をかけた。

「土方君…」

「死なないでくれなんて、ありきたりな言葉なら要らねぇぞ」

「…」

大鳥は震える声で、たった一言だけを吐き出した。

「…武運長久を祈る」

「大鳥さん、アンタは生きろよ」

それが大鳥と交わした、最期の言葉だった。





妙に心臓の鼓動が耳に響く。

まるで恋しい女に、初めて愛の告白をする男みたいだ。

逸る気持ちを抑えきれない俺は、急いで弁天台場へと馬を走らせた。

待っててくれ

今行く

待っててくれ

今往く

もうすぐ

もうすぐだ

一本木関門まで到達した俺は馬上で刀を振りかざし、こう叫んだ。

「新選組副長 土方歳三だ!ここから逃げる奴は誰であろうと斬る。命が惜しいって奴はな…てめぇからかかって来い!」

生温かい血を浴びる感触も、咽るような血の匂いも、肉を切り裂く音も、腕に痛いくらい響く衝撃も、もうすぐ感じる事が出来なくなるかもしれない。

そう想うと、何もかもを失うのが惜しくて、何もかもが酷く愛おしく思えた。

「突破するぞ!弁天台場へ向かえ!」

敵味方入り乱れる中、俺は馬を走らせた。


パンッ


青い空の下、一発の銃声が響いた。

血しぶきが舞った。

「副長!」

誰かが呼んでいる。

そんな事はどうでもいい。

俺は赤い花に見とれていた。

(綺麗だ…)

ほんの一瞬だった。

毒を含んだ俺の赤い血が、美しい花を咲かせた。

曼珠沙華

近藤さん…アンタと同じ花を咲かせて俺は往く。










ꔛ‬𖤐

アメブロに掲載したものを加筆修正いたしました(アメブロでは別名義)

土方さんの最期については、私の中で二通りあります

一つは『最後まで生にこだわり、戦い続けた』

もう一つは『死に場所を探しながら戦い続けた』

どちらのパターンも(天上の花を含めた)SSに書いていて、自分の中では昇華済み…かな?

今回このお話を加筆修正したのは、土方さんの事を知って欲しかったから

書き直す前はあっさり死にに行った感じだったので、死を覚悟していた(望んでいた)けど、最後まで島田さん達を救い出そうとしていた風にしてみましたが…

伝わってる(゚Д゚;≡;゚д゚)?

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