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映画と美術#4『スパイラル・ジェティ』『キャスティング・ア・グランス』ランドアートを撮るとは何か?
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▷キーワード:ランド・アート、ロバート・スミッソン、スパイラル・ジェテ
ランド・アートとは1970年代に世界各地で発生する公害などの環境問題に対して問題提起するために美術館を飛び出し、大地の中で自然のモノだけを使って作品を制作しようとするムーブメントのことを示す。ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェティ」はその代表であり、ユタ州グレート・ソルトレークの人里離れた場所に6トン半もの岩石や土を運び込み、螺旋状の空間を作った。赤みの帯びた湖水が流れ込み、時期によっては水没する。水没、浮上を繰り返す中で塩の結晶が形成され、赤い湖水と渦巻とのコントラストが形成されるのだ。これは地質時代の時間や結晶構造、無秩序が増殖するエントロピーの概念を盛り込んだスミッソンの渾身の作品である。この長期にわたり自然によって生み出される表情(これには後述する特殊な技法が使われている。)をジェイムズ・ベニングが『キャスティング・ア・グランス』で映画化したのは有名な話であるが、スミッソン自身も制作過程を追った映像作品を作っている。双方を比較することでより「スパイラル・ジェティ」のコンセプトが力強いものとなってくる。
まず、スミッソンの方から語ろう。太陽のフレアの映像から始まる。灼熱で暑苦しく破壊をもたらす太陽。一方でその強烈なフレアには美しさがある。「スパイラル・ジェティ」はフィルタの中、渦巻のように回転しながら捉えられる。そして、重機の轟音が響き渡る。我々が「スパイラル・ジェティ」を訪れると、そこには『キャスティング・ア・グランス』のような水の官能的な音が漂う静的な場所にしか見えないであろう。しかし、これが創造される瞬間は自然に手を加える破壊的行為であり、重機の爆音がそれを強調する。この描写は、スローモーションで石を落としていく重機に実際の音が重なることで時間の差異が強調される。時間と共に作品へと発展していく「スパイラル・ジェティ」の特性を捉えており、スミッソンの死後にあたる2005年から2年間かけて撮った作品を編集し、疑似的に数十年の軌跡をシミュレーションしたジェイムズ・ベニングとは違った側面を魅せてくれる。これを踏まえると、スミッソンのランド・アートにおける理論の堅さがうかがえる。ランド・アートは単にそこへ行くことが重要な場所の芸術ではなく、時間軸を加えた四次元的な考えが重要になってくるのだと。そして、その場所に行かなくても知ることができ、一回性を複製できる映画に置き換わった際にも作品の特性が棄損されないよう、演出によって異なる視点「創造と破壊」論を中心とした別作品へと置換した。
『キャスティング・ア・グランス』もまた独特な手法が用いられている。1970年9月25日とテロップが表示され、日記形式で移ろいゆく「スパイラル・ジェティ」の姿を捉えていき、2007年5月15日へと着地する。30年以上の軌跡を追った作品なのかと思ったら、これにはギミックがある。実際には2005年から2年間で16回訪れて撮影した「スパイラル・ジェティ」に対して「1970年9月25日」などと偽の日時を当てはめ、スミッソンの哲学を表現しようとした作品なのである。
スミッソンは、「スパイラル・ジェティ」が誕生する前の創造に伴う破壊の時をフィルムに焼き付けることで、実際の作品とは異なる体験や哲学的な視点を提示した。ジェイムズ・ベニングの場合、スミッソン死後の世界を引き受けることにより壮大なアートの側面を捉えようとした。単なる定点ではなく、スミッソンの生きた時間から襷を受け取り、現代にまでつなげていくランド・アートの力を映像に吹き込んだのだ。また、ジェイムズ・ベニングのサインともいえる音が「スパイラル・ジェティ」に輪郭を与えている。静的な風景が映し出されながらも、湖水が波打つ一回性の音が心地よく木霊する。地へ眼差しを向けると結晶が見える。雪に埋もれたり、水没しながらもたくましく進化していく「スパイラル・ジェティ」の姿は、時間の芸術である映画でなければ観ることのできない光景であろう。このように、スミッソンの短編ドキュメンタリーと併せて観ることでスミッソンの哲学もといランド・アートへの理解が深まるといえる。
『スパイラル・ジェティ』Spiral Jetty(1970)
製作国:アメリカ
上映時間:35分
監督:ロバート・スミッソン
『キャスティング・ア・グランス』
casting a glance(2007)
製作国:アメリカ
上映時間:80分
監督:ジェイムズ・ベニング
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