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映画と美術#5『世界で一番ゴッホを描いた男』贋作職人がホンモノのゴッホを前に思ったこととは?

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▷キーワード:ゴッホ、アートビジネス

中国・深圳近郊にある大芬(ダーフェン)油画村。ここでは、多くの絵師が贋作を描いている。月に数百枚~数千枚の注文が入り、生産をコントロールする者、ひたすら描き続ける者が連携を取りながら納品する。膨大な数の贋作はどこで買われるものだろうか?答えはヨーロッパである。我々が観光地へ足を運ぶと、有名絵画のレプリカが胡散臭い出店で販売されているのを目にするだろう。てっきり、印刷されたレプリカだと思っていたのだが、実は手作業で描かれているものなのだ。映画はゴッホの贋作絵師にフォーカスを当てる。男は20年近くゴッホの絵を探求してきた男。肖像画を見ると、少しばかりゴッホとは違うものの、癖は徹底的に潰し、ひたすらゴッホの色合い、テイストの再現に情熱を注いできた。しかし、彼はホンモノを観たことがなかった。本でしかゴッホの作品を観たことがなかったのだ。

そんな彼がアムステルダムの商人に呼ばれることになる。アムステルダムにはゴッホ美術館があるのだ。家族から背中を押されて、高まる感情を抑えながらオランダへ飛ぶ男は2つの意味でショックを受けることとなる。その時の彼はまだ知る由もなかった。

男はてっきり、自分の描いた作品がギャラリーで販売されているのかと思っていた。しかし、実際には街中の胡散臭い小さな売店に陳列されていた。しかも、価格は500ユーロ(約8万円)だ。彼らはオランダの商人に500元(約1万円)で売っている。あまりの差額にショックを受ける。「値段について交渉させてください。大芬では安月給で絵を描いています。あまりに安いので、すぐ人が辞めてしまい後継者が育ちません。」と商人に実情を話す。「話を聞こう」とポジティブに振る舞う商人であるが、明らかに「話を聞く」だけの態度である。必死な男、余裕の振る舞いの商人。勝機のない商談がグロテスクな形でカメラに収められる。

気を取り直してゴッホ美術館へ足を運ぶ男。ジッとホンモノを見つめる眼差しは真剣そのもの。短くも長い間の中、ぽつり「色が違う……」と吐露する。本では再現できない色がそこにあったのだ。20年間描いてきた自分はなんだったんだろうか?ホンモノと対峙した喜び以上に実存的問題を突き付けられた落胆の方が大きかったのだ。

そして彼は自分の作品を作ろうとするのだが、20年間ゴッホと向き合ってきた彼にとってゴッホの作風が呪いとなる。つまり、肖像画を描いてもゴッホタッチなのだ。アイデンティティがないのである。アートビジネスの暗部の中で、アイデンティティの揺らぎに葛藤する男の生々しい手触りを捉えた貴重なドキュメンタリーといえよう。

『世界で一番ゴッホを描いた男』China's Van Goghs(2016)

製作国:中国、オランダ
上映時間:84分
監督:ユイ・ハイポー、キキ・ティエンチー・ユウ

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