昆虫と、少年と。今朝、蝉の声がした。
甥っ子がまだ小さかったころのはなし。
「おれんちはマンションだから虫がいない!だからこの庭で蝉取りをする!」声も高らかに、フンフンと鼻息も荒く前のめりでやってきた。
なぜかプールタオルをマントのように被り、肩からは虫かごをひっかけ
手には自分の身長よりもはるかに長い虫取り網をたずさえて。
わが家には大きな木が何本もあって、夏になると蝉の楽園になる。
朝から晩まで鳴き続け、うるさいとは「五月蠅い」と書くが
この頃に限っては「七月蝉い」と書いてもよさそうな気さえしてくる。
さて、完全な蝉取り戦闘スタイルでやってきた甥っ子。タナカサンが手伝うよ?と言っても「おれは一人でもやれる」と断られてしまった。
そのくせ甥っ子よりも10歳上の私の子が一緒に捕まえようか?と聞くと
デレデレと「うん!」と言う。ちょっと面白くなかったが、出番のない私はふたりの蝉捕りを肴に日陰でビールを飲んでいた。
それからしばらくは「蝉めー!捕まえてやるかならー」とか
「待てー、捕まえさせろー」とか楽しそうな声がしていたのだが、だんだんそんな声もしなくなった。二人を見ると、わが子の虫かごには気持ち悪いくらいの蝉が捕獲されていたが甥っ子の虫かごにはゼロである。目の前の木には何十匹もの獲物がいるにも関わらず、である。甥っ子は不機嫌にヤーヤーと言いながら虫取り網を振り回し、しまいには「タナカサンだって捕まえられないくせに!!」とチンピラレベルのいちゃもんを吹っかけてくる始末。仕方がないので私は立ち上がり、左手にビールを持ったまま右手で蝉をつかまえて甥っ子の顔面に近づけてやった。「ほら、捕ってやったぞ。虫かごに入れんしゃいよ。」と。
甥っ子は羨望のまなざし。わが子はやれやれ、という顔。
それから私は調子に乗り、蝉の他にカマキリやバッタを素手で捕まえては甥っ子の顔面にホレホレとちらつかせていた。虫取り歴の長い私の手伝いを断るからだ、となかば意地悪な気持ちで、である。
自分では満足に蝉すら捕まえられず、しかもまだカマキリやバッタには恐怖感のある甥っ子はついに泣き出してしまった。この時私は勝ちを確信した。
そんな二人の様子を見ていたわが子と姉。
わが子からは「昔から思ってたけど、かぁさんてホント大人げないよね」と
蔑まれ、姉からは「酔っ払いってほんとイヤ。子守もできん」と呆れられ、
甥っ子からは「タナカサンとはもう遊ばんぞ!」と絶縁宣言をされてしまった。惨敗だ。
さて次の日も朝から蝉が鳴いていた。
甥っ子は昨日と違う、何故か軍手と長靴というスタイルでやってきた。手には小さなスコップをたずさえて。
「おれんちはマンションだから庭がない!だからここで穴掘りをする!」
甥っ子は私と絶縁宣言をしたことも忘れ「タナカサン、一緒に掘るぞ!」
と誘う。暑いのに穴掘りはイヤだなぁとわが子を見たが目を逸らされた。
今日は手伝う気がなさそうだ。しかたない、甥っ子からの支持率を上げるためにと庭のいたるところに穴を掘りまくった。しばらくするとギャーと声がしたので振り返ると甥っ子が私が堀った穴に足をひっかけ転んでいた。その様子を見てゲラゲラと腹を抱えて笑ってしまったが後の祭りである。
落とし穴なんて掘ってないよ?あれは勝手に穴につまずいただけだってば。そう言う私に前日同様、わが子から「大人げないよね」と、おんなじセリフで蔑まれ、姉からはどっちが子どもかわかりゃしないと呆れられ、甥っ子からはもう遊ばない!と二回目の絶縁宣言をされてしまった。
母からは「掘るのはいいけど、ちゃんと埋めといてね」と強制労働を言い渡され、甥っ子が掘った2つと私が掘った3つの穴をひとりで埋めた。
さすがにもう三日目は来ないだろうと思っていたが甥っ子はやってきた。
小脇にゲーム機をたずさえて。「おれと勝負しろ!」やたらと鼻息も荒い。
私はゲームが苦手だし何の勝負かわからなかったけれど
きっと私と遊ぶのが好きなんだろうと、甥っ子からの支持率と愛を
勝ち取った気がした。