『ケイコ 目を澄ませて』バリアフリー版を見る
来年日本公開される濱口竜介監督の新作『悪は存在しない』のジャパンプレミアが11月26日、広島国際映画祭2023の4日目の招待上映として開催されるのを知り、同日、広島・基町のNTTクレドホールを訪ねた。
同作は14時からで、午前中には三宅唱監督の傑作『ケイコ 目を澄ませて』(2022)が上映されるということなので、朝から会場入りして2本見ることにした。
10時半、『ケイコ』の上映直前、本上映がバリアフリー上映である旨のアナウンスがあった。てっきり日本語字幕の付いているやつのことだなと思っていたら、いざ上映が始まると驚いた。日本語字幕も付いているが、日本語の音声ガイダンスも場内に流れたのである。
「真っ黒な背景に白い文字」
「ハピネットファントム・スタジオ」
「朝日新聞社」
「メ~テレ開局60周年記念作品」
「イン・コープロダクション・ウィズ/コム・デ・シネマ」
「文字が消え、真っ暗な画面」
「徐々に明るくなる。卓上鏡に映る、ひっつめ髪のケイコ。化粧っ気はなく、左のまぶたにばんそうこうが貼ってある。部屋でノートに何かを書き込んでいる」
「座卓の前に座っているケイコ。ペンを動かし続ける。開け放したドアの向こうにリビング」
NHKの連続テレビ小説や、日本テレビの笑点で、副音声の解説放送をしているのを聴いたことがあるが、あれの数倍は描写が細かい。画面が暗転すれば「暗転」と言うし、タイトルクレジットが出れば「白い文字でタイトル『ケイコ 目を澄ませて』、『ケイコ』だけ縦書きのカタカナ」のようにアナウンスされる。
正直、最初は戸惑った。というのも本作は、自然音の強調など、音の演出が特に練られた作品である。縄跳びの音、床のきしみ、ミットを撃つ音、電車の通過音、雑踏……。BGMを排して自然音がまっすぐ届くように作られていることが、本作の重要な魅力の一つであり、音声ガイダンスはそれを損なっているように思えたからである。
しかし、その戸惑いを打ち消してくれたのが、ジムで天井からサンドバッグがぶら下がっているのを映したシーンである。「サンドバッグ」ではなく「テープで何重にも補強されたサンドバッグ」と解説されて、膝を打った。それまで私はなんとなく「サンドバッグ」としか見ていなかったのであるが、ガイダンスにまさにガイドされるかのように、映像を「見る」ことができたのである。そこからは、音声ガイダンスと付き合えるようになった。
上映後、福嶋更一郎チーフプロデューサー(CP)によるトークがあり、日本語字幕、日本語音声ガイダンスともに、それぞれの専門職の業者が作成し、三宅監督、福嶋CPがニュアンスの補正などのチェックをしていることが説明された。
邦画では日本語字幕版の上映すら珍しい。あったとしても“1週目は通常上映だけ、2週目から日本語字幕版も”というパターンが多く、本作のロードショーに当たっては1週目から1回は日本語字幕付きも上映してほしいとの意向を興行側に伝え、多くがのんでくれたという。さらに今作のヒットを受けて、日本語字幕版の上映へのハードルは下がっているという。
またバリアフリー版への需要はそれなりにあり、飛行機の機内映画に採用された際も、航空会社から要求があったというし、Amazonプライムビデオでも字幕や音声の設定を切り替えることでバリアフリー版で鑑賞することができる。
何が言いたいかと言うと、映画ファンなら、別に目が見えようが耳が聞こえようが、バリアフリー版を鑑賞してみる価値はあるし、手軽に試せますよ、ということだ。
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