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映画『ラジオ下神白―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』評

(小森はるか監督/2023年/日本/70分/カラー/16:9)

 東京電力福島第一原発事故により避難を余儀なくされた高齢者のためにつくられた、福島県いわき市の復興公営団地「下神白(しもかじろ)団地」で、ドラマー出身の文化活動家アサダワタルらが取り組んでいるコミュニティーづくりの活動「ラジオ下神白」を記録したドキュメンタリー映画である。

 2016年に始まった活動は、居住者に元々住んでいたまちと音楽の思い出をインタビューしてラジオ番組風に編集したCDを、団地内で配布する取り組みからスタートした。その後、支援者による「伴奏型支援バンド」を結成して生演奏による歌声喫茶の催しを、団地の集会室で開くなどしている。

 シネ・ヌーヴォでの舞台挨拶(2024年8月31日)によれば、下神白団地に住む人は、元々は浪江・双葉・大熊・富岡の各町に住んでいた高齢者が多く、事故後、住まいを転々とした後に抽選に当たり、終の住処を想定して入居した人ばかりだという。団地開設当初からコミュニティーづくりが課題として浮上しており、地元からの依頼に応える形でアサダらが活動を始めた。

 活動の記録は川村庸子が当初から文章で行っていたところ、文章では記録しきれないものがあるのではないかとの理由から、2018年に小森も加わって映像記録が始まる。

小森はるか、アサダワタルの舞台挨拶=2024年8月31日、シネ・ヌーヴォで

 映画では冒頭から、住民とラジオ下神白のスタッフとの関係はでき上がっていて、観客はやや疎外を感じるほどだ。つまりこの時点でカメラは、団地での関係性の内部ではない。活動の途中からカメラが入ったという経緯が影響していると思われる、このわずかな距離感は、驚くべきショットを捉えることに長けている小森に味方するのである。

 長山洋子の「たてがみ」を伸びやかな大声で体を震わせながら歌う女性。誕生日プレゼントをもらって、のけぞって喜んで見せる女性。衰えているはずの身体が躍動する一つ一つの瞬間が映っているのだ。

 漁師だった男性の身体性の変化も印象的だ。一人暮らしを続けるのが難しくなり、団地を出て高齢者施設に入ることが決まり、ラジオ下神白のメンバーと団地で会うのは最後となる日の様子。漁師時代の思い出を語る饒舌が、メンバーとの別れ際になって途端に止まる。逆光で撮られた無言は、男性のたどってきた時間の不可逆さと、老いてなお生活を繰り返し変えざるを得ない災後の厳しさ、そして団地での生活においてラジオ下神白が担った役割の大きさを豊かに物語っていた。

 本作の終盤では、コロナ禍で団地訪問が困難になった2020年の状況が紹介される。アサダが東京から、団地のお年寄りとビデオ通話を接続する様子。コロナ禍以来、画面越しの会話をうつした映像は数多く作られたが、ここまでビデオ通話がつながったことの感動が身に迫るショットは見たことがない。小森が撮るとこんなにすごいこととして映るのかとため息が出た。

 カメラは人間が見ているものをそのまま映すものではない。そのことを深く理解していなければ撮ることができなかったであろう身体、表情、感動が、しっかりと記録されていた。

=2024年8月31日、シネ・ヌーヴォにて鑑賞



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