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齢80にして成長を続ける母
今日は、母のことをお話したいと思います。
現在、母と二人暮らし。5年前、アルツハイマーの進行が思いの外早かった父があっけなく他界してから、ずっと二人です。
母は人生を通じてほぼ専業主婦でした。対する私は子育て中もずっと何かしらの仕事をしていました。
私の若い頃は専業主婦の鏡みたいな母を、尊敬こそすれ否定する気持ちはなかった…はず。自分でもどうして結婚や子育てで退職するという発想が持てなかったのか、いまだによく解らない部分があります。だから母を反面教師に自分は働いたという訳ではなかったと思います。
ただ、母のことを世の中を解っていないくせに色々助言というか干渉してきて、煩わしいと思うことはありました。あと、私が20歳くらいの頃までは、私が逆らうと母は泣いて感情的に否定してきたことも。
それから、なにか新しい事を始めようという時にはいつも躊躇って、「だって…」「でも…」と煮え切らず決断できない。父が認知症になって福祉を利用しようかという時にも、そうでした。結局そのときは私が貴重な休みを削り、包括支援センターに出向いて事を進めましたが。
いつもバリバリ仕事の第一線(あくまでセルフイメージ上の話)でいたかった私は、そんな母の優柔不断さに引きずられることに堪えられないと感じていました。
さらに母は歳を取るにつれ、ご多分に漏れず言葉も忘れて出づらくなります。「あれ」「これ」が頻発する超スローな会話に付き合っていると、自分まで頭の回転が遅くなると思い、気が気でなりません。
ああ、このままず――っと一緒に居たら仕事のキレが鈍って、若い世代と互角に闘えなくなってしまう! 叶うものなら、今からでも独り暮らしがしたい。
というのが、ここ数年の私の心の叫びでした。
そんな母ですが、近頃「あれ? なんだか成長した?」と思える節が散見されるように。
私もそうなのですが、母はもっと輪をかけてのIT音痴。スマホの使い方もよく戸惑っては高校生の孫(弟の長男。よく我が家にご飯を食べにくる)に使い方を聞いていました。
ところが、近頃様子が変わってきたのです。
YouTubeでレシピを発掘しては我が家の食卓に挙げるかと思えば、はたまた大好きなOfficial 髭男dismをmp3プレーヤーで聴くことまで覚えてしまいました!(私の方がちょっと負けているかも💦)
もうひとつ。なにか嫌なことがあった時にも、
「でも〇〇でよかったじゃない?」「ありがたいことよね」
と結論付ける事が多くなりました。これは昔の感情的な母からは考えられない変化です。なんだか、明治生まれで戦中・戦後と貧しい一家を切り盛りしてきた「肝っ玉祖母」が、母に憑依したのかと思いました。まあ血筋なのではと言ってしまえばそれまでなんでしょうけどね。
その一方で、私はどうなんだろう――
就職を考えるのでも自分の殻に籠って頭だけで考えようとしたり、新しい人間関係を恐れてなかなか次の一歩を踏み出せずにいたり。
自分の方が絶対、成長遅れているよね。
というか、自分の上手く行かない理由を環境や母のせいにして…どれだけ他責志向だったんだろう私は。
母との関係が自分に与えた影響を考える前に、自分の若い頃からの仕事観、仕事への関わり方を見直すほうが先のように思えてきました。
私の仕事観については、長くなるので日を改めて書きたいと思います。
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