皆さん,こんにちは.英語史を研究しています堀田隆一 です.
2021年6月2日に Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 をオープンして,1年8ヶ月余がたちました.このチャンネルは「英語史をお茶の間に」をモットーに英語の歴史のおもしろさを伝え,裾野を広げるべく,毎朝6時に配信しています.これまでに620回以上の放送を重ねてきました.
その中でも最もよく聴いていただいている回が,初回の「#1. なぜ A pen なのに AN apple なの?」 です.初回だけに内容としても声質としてもかなり堅めの回となっていますが,それにもかかわらずよく聴いていただいているというのは,たいへん嬉しいことです.この初回は,8分10秒のワンチャプター完了,というシンプルな構成となっています.副題に「英語史はどんでん返しです📻」とあるように,決して期待を裏切りません.ぜひお聴きください!
何はともあれ聴いていただければ一番なのですが,「文字としても読みたい」あるいは「文字だけで欲しい」というニーズもあるかと思いますので,文字起こしをしてみました.文字媒体として,改めて英語史の魅力と実力を味わっていただければと思います.以下を読んで「オモシロイ!」と思った皆さんは,すでに「英語史」という分野の入り口に立っていますヨ.
おはようございます.「heldio 英語史ラジオ」 の配信を本日から開始します,慶應義塾大学の堀田隆一です.私は普段英語の歴史を研究していますが,このチャンネルでは英語に関する素朴な疑問を入り口として,リスナーの皆さんを広く深い英語史の世界に招待します.「英語史」と聞くと難しそうと思うかもしれませんが,心配要りません.実は皆さんが英語に対して日常的に抱いている「なぜ」に優しく答えてくれる頼もしい味方なのです.英語の先生もネイティブスピーカーも辞書も教えてくれなかった数々の謎が,スルスルと解決していく快感を味わってください.ついでに,英語の豆知識を得るに留まらず,言葉の新しい見方にも気づくことになると思います.なおチャンネル名の「heldio」は「the history of the English language radio」にちなみます. 初回となる今回は「なぜ a pen なのに an apple なの?」という英語の素朴な疑問に,歴史的に迫ります.皆さん,英語を学び始めた最初の頃に,1つのものには名詞に a がつくと習いますね."This is a pen." "This is a dog." "This is a house." のように言います.ところが,母音で始まる名詞には a ではなくて an がつくとも習いますね."This is an apple." "This is an elephant." "This is an orange." のように言います.そのとき,なぜ母音の前では an にしなければならないの,と疑問に思いませんでしたか? この質問を英語の先生に投げると,たいていこんな答えが返ってきたのではないでしょうか.「英語は母音が連続するのを嫌う言語である.それを避けるために n という子音を挿入して発音しやすくするのです」というのですね."This is a apple." では言いにくいので,"This is an apple." 同じように "This is a elephant." ではなく "This is an elephant." さらに "This is a orange" ではなく "This is an orange." 確かに,これによって母音が連続するのを避けることができています. しかしです.本当に母音連続って発音しにくいでしょうか? 日本語では母音連続など当たり前のようにあるので,ちょっと信じがたい説明なんですね.「2つの絵が追いかけっこをしている」という状況を指して「追い合う絵」と言えると思うんですね.母音が5連続ですが,まったく問題ありません.いや「日本語口」では発音しやすいかもしれないけれども「英語口」では母音連続ダメなんだ,と言われるかもしれません.しかしですね,英語でも母音連続は実はザラにあるんです.two apples 「2つのりんご」という場合の two apples では「ウーア」という風に母音連続は起こっていますし,three apples でも同じです.three apples なので「イーア」という母音連続が起こっています.もしもこのような場合にもですね,two'n' apples とか three'n' apples のようにようになるのであれば,まあ n を挿入するという点で an apple と一緒で,一貫してるので理屈が通ってるようにも思えますが,実際には two'n' apples, three'n' apples と言わないですね.two apples, three apples と母音連続が来ています.a の場合にだけ母音連続を避けるために an apple となるという説明は,ちょっと取って付けたような説明のような気がしてきませんか? さらに,この説明には問題があります.挿入する子音がなぜ n でなければならないのかということが分からないことです.m でもいいじゃないかと.そうすると am apple となりますね.k でもいいじゃないか,a kapple.s でもいい,a sapple.それなのに,なんでとりわけ n なのかということがよくわかりません. この問題は英語史の観点からみると,きれいスッキリ解決します.この a, an という不定冠詞,これは「1つの」という意味を表すわけです.言われるまでなぜ気がつかなかったのかと皆さんは思うかもしれませんが,これ語源は実は数字の「1」を表す one ですね.「1つの」ですから one です.この one が弱まって an になりました.さらにこの an から n が脱落して,変化してできたのが a ということです.つまり不定冠詞としてはデフォルトは an の方なんですね.a ではないんです,an です.つまり an apple というのは one apple の弱まった形にすぎないので,これは何も説明する必要がないんです.なぜ挿入される子音が m でも n でも s でもなくて n なのかというのは,当たり前すぎる話です,one の n ですから.むしろ説明を要するのは a pen の方なんですね.なぜもともとは one pen だったものが a pen になってしまったのか,ということです. 古くは one pen が弱まった an pen というのが用いられていたんですね.ところが不定冠詞というのはそもそも弱い発音なので子音の前で an の n が落ちてしまったというわけです.つまり,子音新連続を避けるかのように,an の n が脱落していって a になった,a pen になった,ということなんです. 従来の説明は母音連続を避けるために n を挿入したということでしたが,英語史の説明はアベコベです.むしろ子音連続を避けるために n が脱落したということになります.これが英語史的な説明ということになります. 以上,「heldio 英語史ラジオ」の初回は,なぜ a pen なのに an apple なの?という英語の素朴な疑問を取り上げました.第1回ということで one にひっかけた話題をお届けしましたが,いかがでしたでしょうか.英語史のおもしろさが感じられたのではないでしょうか.言葉についての謎は身近なところにゴロゴロ転がっています.本チャンネルでは英語に関する素朴な疑問を取り上げ,英語史の観点から解き明かしていく予定です.heldio 今後ともよろしくお願いします.なお日々 Web 上で「hellog~英語史ブログ」 というブログも運営しています.英語史に関心を持った方はぜひそちらもご覧ください.では,また.
heldio 「#1. なぜ A pen なのに AN apple なの?」 「オモシロイ!」と思った方,英語史ワールドにようこそ! 英語史のより深い世界に分け入るには,堀田が展開している様々なメディア (書籍,ブログ,公開講座,YouTube, Voicy, Twitter 等)よりどうぞ.以下の自己紹介も,よろしければ📻