中野剛志の「素晴らしい透明性」と藤井聡の「イタい野太さ」①
正直、中野剛志に対して、批判する気もあんまないし、よく分からないんだよな。
いい意味でウダウダしているっていうか、保守派の割には、まっとうな社会学とか哲学を引用していて、すんげー読みやすいし、ボクでも納得しちゃう。
が、この人は何をしたいのか?ってことがよく見えない。
なるほど、MMTや地政経済学、日本史思想新論、真説企業新論には、影響受けた云々以前に、ほぼその通りだよねと納得させられた。
が、だ。
「中野剛志さん。で、アンタはナニしたいんだよ…!?」
お題目は分かったぜ。が、だ。俺が聞きたいのは、アンタがナニをしたいかであって、いっつも色んな素晴らしいアイデアを書いているけど、どこか悪い意味で状況に流されてブレブレな気がする。
過剰適応というか、
なんというか。
この人には、ナニがしたいのか?っていうことがよく見えない。
良くも悪くも保守なんだけど、日本の多神教の影響をモロに受けちゃっているところを感じてしまう。それはそれでいいけれど、一級品だけど退屈な教科書を読まされちゃっている感じがナニか文芸的なセンスというものを感じない。
与えられた仕事を何でも早く処理できるんだけど、何でも処理できるということは、1つもしっかりと流せるものがないというか…。