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すべてはここからはじまった!源氏物語一帖「桐壺」大研究

「寄生獣」のはじまり。このコマを見た瞬間、このマンガは今までのものとは違うという予感があった。

前々回のおさらい

前回のおさらい

源氏物語にはさまざまな男と女の恋愛物語が詰まっている。

が、源氏物語はただの恋愛ドラマではない!

源氏物語は3つのジャンルのドラマで構成されている。

源氏物語は極上の政治ドラマ。光源氏は平安の半沢直樹だった!!

源氏物語では物語が書かれた当時繰り広げられていた後宮政治を背景に複雑な政治ドラマが繰り広げられて行く。

右大臣家と左大臣家の闘争。この闘争に巻き込まれる形になった光源氏はすべてを失い須磨に流される。

一旦須磨に流されながら再び政治の世界に返り咲きやがて並び立つことがない巨大な権力を手にする。

この政治ドラマにはあの藤原道長も虜になったという話まである。(道長は漢文にしか興味がなかったという話も)

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光孝天皇
君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

源氏物語は史実をふまえた歴史ドラマでもあった!

光源氏は天皇の子として生まれながら源の姓を与えられ臣籍に降下する。本来であればこの時点で光源氏は臣下の道を歩むことになりますが、一帖桐壺で高麗(こま)の人相見(にんそうみ)、大陸から来ていた顔で占いをする人、が「臣下では終わらない」とほのめかす。

この話には実はモデルがいた。

源氏物語が描かれる100年ほど前のこと。陽成天皇が宮中で不祥事を起こして退位した。次の天皇に即位したのは三代前の天皇の子で特定の政治勢力の息がかかってなかった光孝天皇。光孝天皇は自分が傀儡的な天皇であることを認めて、自分の息子たちを天皇位につける野心がないことを示すために子どもたちを臣籍降下して源の姓を賜った。

ところが光孝天皇が病に倒れたとき、誰もつぐものがおらず、結局源貞省(みなもとのさだみ)という名で臣籍に下っていた子どもが宇多天皇として位を継ぐ。源氏物語の読者である貴族たちはこの話を知っているから、光源氏が天皇になるかもって思いながら続きを待っていたのではないか?

源氏物語は恋愛、政治、歴史という3つのジャンルのドラマが絡み合って複雑な物語を構成していく

これに加えて源氏物語では3つのテーマが形を変えながら交響曲のように流れ続ける。

源氏物語「リフレインが叫んでる」説



源氏物語が奏でる3つのテーマとは?

3つの身代わり、5つの密通、3つの死別。

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「桐壺」 西川祐信 メトロポリタン美術館 

テーマ1 3つの身代わり

①藤壺。光源氏にとっての永遠のマドンナは、光源氏の父桐壺帝にとっては桐壺の更衣の身代わりだった。

②紫の上は光源氏にとっては藤壺の身代わりだった。

③物語の終盤宇治十帖で登場する浮舟は薫にとって大君(おおいきみ)の身代わりだった。

最初から最後まで身代わりというテーマが流れ続ける。

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藤壺に生き写しの少女、若紫を垣間見る光源氏
『源氏物語五十四帖 若紫』画:広重 国立国会図書館デジタルコレクション

テーマ2 5つの密通

①桐壺帝と桐壺の更衣

②光源氏と藤壺

③光源氏と朧月夜

④女三の宮と柏木

⑤光源氏と空蝉

この5つの密通が長大な物語の要所要所に配される。

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死の直前の紫の上と対面する光源氏。後ろ姿の女性は、娘の明石中宮 『源氏物語絵巻』国立国会図書館デジタルコレクション

テーマ3 3つの死別

①桐壺帝にとっての桐壺の更衣の死

②光源氏にとっての紫の上の死

③薫にとっての大君の死

連れ合いの女性に死なれる男たちが物語を初め、主人公となり、あるいは終わりへの序曲を奏でる。

恋愛、政治、歴史ドラマが複雑に絡み合いながら物語を構成し、その物語のバックに3つのテーマが壮大な交響曲を奏でる。

源氏物語の構成はオペラに似ている!

このオペラは紫式部の「リアルな設定」「豊富な知識」「美しい文章」によって物語を芸術の域にまで押しあげ、1000年以上も全世界で読み継がれた。

すべてのはじまり、壮大な源氏物語の伏線は一帖の桐壺にすべて描かれている

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今回の本題

源氏物語の最初の帖、「桐壺」には何が描かれているのか?

一帖桐壺にはバクっというと5つのことが書かれている。そして3つのジャンルのドラマ、5つの密通のはじまりと伏線が、リアルな設定、豊富な知識、美しい文章によって描き出されている。

源氏物語は桐壺に描かれたテーマが変調しながら繰り返されると言ってもいい。

①光源氏誕生秘話

冒頭の文がすばらしい。

いづれの御時(おおんとき)にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

ここからして「恋愛ドラマ」通常の物語とは違う。

ほかの物語とはどこがちがうのか?

「いづれの御時にか」=いつの時だったかという始まりは、ファンタジーではない。リアルな設定とこの後の波乱を予想させるはじまり。こんな物語はかつてなかった。それまでは物語といえば、竹取物語みたいにもう別世界のことだった。

ファンタジーしかなかった物語の世界に紫式部が「リアル」=歴史ドラマを持ち込んだ

「梅樹下の男女 見立と玄宗皇帝と楊貴妃」鳥居清広

天皇がひとりの妃を耽溺したという設定は知的層であれば「あの話か」と気が付く。

玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を描いた長恨歌を下敷きにしている。「そうかなぁ」と思いながら読み進めると、玄宗皇帝と楊貴妃の話がでてくる。

インテリ層の自尊心をくすぐり夢中にさせてしまう。

この一文のすごみ、紫式部の文の冴えの象徴的存在。この後も冴え渡る文章と美しい和歌が展開していく。

②光源氏誕生と桐壺の更衣の死

桐壺の更衣への帝の寵愛は深くやがて光源氏が誕生。光源氏誕生前から度を超える迫害を周囲から受け、あまりの心労からはかなく世をさる。桐壺帝の悲嘆は凄まじく「長恨歌」の悲恋に我が身をなぞらえる。

テーマ「死別」のはじまりと同時に恋愛ドラマの伏線が貼られてテーマが流れ出した。

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幼い頃から光り輝くように美しかった。画像左上の子どもが光源氏 『源氏五十四帖 一 桐壷』月耕 国立国会図書館デジタルコレクションより

③光源氏天才児伝説

顔よし学問よし音楽よし。高麗の人相見「帝王の相だが世が乱れる、臣下の相ではない」ということで臣籍降下。

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④運命の人藤壺入内

光源氏の母、桐壺の更衣そっくり。テーマ「身代わり」のはじまり。

紫式部は光源氏に永遠に逃れられない呪縛を与える。

藤壺は桐壺の更衣を失って以来失意の日々を送っていた桐壺帝の心をなぐさめ、さらには幼い光源氏も母の面影を感じ、父も子もぞっこんになる。

光源氏の中のその思いはやがて恋に変わり、抑えきれずにわー!って。テーマ「密通」の伏線がここで貼られている。

この伏線がこの後の源氏物語の展開に大きな影響を与える。

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「Prince Genji and Three Young Women」 鳥文斎栄之 メトロポリタン美術館

⑤左大臣の娘、葵上との結婚

光源氏が12歳の時。「桐壺」の最後に描かれるのが光源氏の結婚。相手は
左大臣の娘、葵上。葵上は光源氏の4歳年上。

葵上は東宮の妻にと嘱望されていた。左大臣は光源氏の将来にかけた。右大臣家と左大臣家を巡る「政治ドラマ」が開幕する

恋愛、歴史、政治、3つのドラマが桐壺ではじまっていた!

この結婚は光源氏を政争に巻き込むだけでなく、ゆがんだ恋愛へと突き進ませる。

年上の妻との不和、藤壺への憧憬。それを抱えたまま光源氏は青年期に入る。恋の暴れん坊将軍光源氏がこの後さまざまな恋を繰り広げていく。

が、ずっと一番大好きな藤壺のことが頭から離れない、忘れられない。

さまざまな説があるが桐壺は最初に描かれたのではないように見える。

なぜか?

受領階級の娘だった紫式部は最初自分でも書くことができる光源氏と受領の妻との密通=「空蝉」やミステリアスな女性とのラブロマンス=「夕顔」を書いたのでは?

それが評判となり道長に請われ中宮彰子のサロンに入った。そこで知った宮中の華やかな人物像や行事を物語に取り入れながら壮大な物語を構想したのではないか、というふうに考える研究者もいる。

でも真実はわからない

1000年も前の話だから。でも、その想像の余地がいっぱい残されているのも源氏物語の大きな魅力。

それもまた極上のミステリー


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