ひとの課題はその人のもの
今回は、またまたスピリチュアル系のお話です。
何度か書いてきましたが、ひとはおのおの、今回の人生で「取り組みたい課題」をもってやってくる、と信じています。
同じように見えて同じじゃない
傍(はた)から見て、過去の自分と同じように見える人でも、この瞬間までに生きて来た背景が違うので、同じ、ということはありません。
なので、求められていないうちから、~した方がいいよ とアドバイスするのは「違う」と思います。
筋トレで喩(たとえ)ると
これは、よくご紹介させていただく鎌田ヒロさんから聞いて、面白い喩(たとえ)だなぁ~と思ってから私もよく言っているのですが
ジムで筋トレしている人に、
「重そうだね。大変そうだね。そのダンベル、ちょっと持つの手伝ってあげるよ」
なーーーんて言う人はいませんね?
その人は、好きで、自分を鍛えたくて、そのダンベルを持っているんですから。
実は、人生の苦難も同じなんです。
本人が、「どうして自分はこんな苦難に見舞われるんだ!」と思っているとしたら、それは自分が選んで生まれてきたことを思い出していないだけです。
魚と魚の釣り方のよく聞く話
そして、これもよく聞く話だと思いますが
お腹をすかせている人に、「魚をあげる」か、「魚の釣り方を教えてあげる」か。
前者は、その一時、お腹をみたすことができますが
後者ならば、今後その人自身が、自分で自分を満たすことを繰り返しできていくわけなので、長期的にみたら後者の方がいいよね、というお話です。
他人の課題を解いてはいけない
これは、別のスピリチュアル系の方のエピソードです。
その方は、ヒーリングで相手の不調を「治して」あげることができる能力があったそうです。
ところが、「治して」あげた後は、自分の体調がおかしくなる。
繰り返しているうちに、ある時、早すぎる人生の幕を迎えてしまったということです。
そのエピソードを話してくださった方は、「他人の課題を解いてはいけない、と学んだエピソード」とおっしゃっていました。
おまけ:親より子供の方が賢い?!
指導者と弟子、の関係だけでなく、家庭内での「親子」でも、
親は「何もわからない子供」にいろいろと「教え諭さねばならない」とおもいがちではないでしょうか?
私は、以前から子供たちのことを導かねば!という意識が薄く、ひとりの人間として尊重し、敬意をもって接してきたのですが、昨日、面白いニュースを読む機会がありました。
こちらです。
アメリカの研究によると、1930年代生まれの人に比べて、1970年代生まれの人の方が、脳みその容量が6.6%増えていて、表面積だと15%増えているのだそう。
そして、脳みその機能も発達しているのだそう。
先に生まれただけで、後から生まれた子供を下に見ることなんてできない~!と再確認した記事でした。
私に関わる全ての人に元気と勇気を!
そしてその人の変化を有形無形で応援していきます!!!
「老いては子に従え」と言われてきましたが、老いる前からでも子供やじぶんより年若い人たちからも積極的に学んでいきたいです。
ちか (2024.5.3)