2024年 あけましておめでとうございます
生まれ年の干支は丙辰、小野寺力です。甲辰の今年もよろしくお付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
今年の餃子のトレンドは、浜松
毎年、家計調査の年間発表が2月に行われます。現在の状況からすると、家計の「ぎょうざ支出金額」は浜松が1位、宮崎が2位、宇都宮が3位になる見込みでありまして、久しぶりに浜松が1位ということが話題になるのかなと思ってます。
宮崎は2020年の「マツコの知らない世界」で宮崎・高鍋の餃子をご紹介したことをきっかけに、爆発的に餃子消費が増えました。
それから2021年と2022年は宇都宮と浜松を抜いて宮崎がぎょうざ支出金額およびぎょうざ購入頻度が日本一となり、宮崎の餃子が全国に注目を浴びることになりました。
でも、このタイミングで浜松が1位、宮崎が2位となることで、またいい感じでプロレスに発展して、盛り上がってくれたら良いなと思っています。浜松側には宮崎のように団体がないので、どういう取り組みにしていくのが良いのか難しいところですが。
あと、浜松に注目が集まりがちですが、浜松に限らず静岡県全体の餃子も一緒に注目してもらうと面白いかと思っています。宮崎も宮崎市だけでなく宮崎県各所の餃子を紹介していますからね。
そんな盛り上げ方をいろんな方面で企画していますので、ぜひご注目ください。
年末は浜松に餃子旅
実は年末年始は浜松におりまして、磐田の福よしさん、浜松ザザシティの弐輪車餃子さんとフジサンデリさん、浜松の大福さん、むつみ屋さんを食べ歩いてきました。
浜松の餃子でもお取り寄せして美味しかったところや、餃子愛好家の中でも話題に上がった餃子店を回りました。どれも完成度の高い餃子で、結局4時間で52粒の餃子をぺろりでした。浜松で餃子ツアーを組むなら、という意識を持ちながら食べ歩いてたので、この知識と経験はいずれ、これから始める旅行サービス手配業に活かしたいと思います。
ところで餃子を食べ歩いている時に、南西方面の地平線から煙のように渦を巻いた雲が出ていて、しかも雨が降ってないのに太陽の右横に虹が出ていました。これはきっと地震雲なんだろうと思っていましたが、翌々日に能登半島で地震が発生。。直接的なつながりがあるか分かりませんが、本当に地震雲だったんですね。
能登半島地震により被害を受けられた皆様へお見舞い申し上げますとともに、被災地の皆様の無事と安全を心よりお祈り申し上げます。そして、地震雲の方角であった南海トラフも心配です。全国の皆様、万が一に備えましょう。
今年は餃子旅行も頑張ります
昨年は国内旅行業務取扱管理者試験を取りまして、しかけ株式会社ではまずは旅行サービス手配業から始めてみることにしました。いきなり実績もなく旅行業というのもどうかと思いまして、まずは旅行業のムラに入って様子見から始めようという魂胆です。
旅行サービス手配業としては、全国の餃子を食べ歩きたいという方に向けて、こんなお店はいかがでしょうかとご提案していくガイドを仕事にする。そのために、今までに行ったことのないお店も網羅していきたい。しっかり私の足で歩いて、餃子屋さんを回って行こう。そんな旅行者の視点で餃子屋さんを回る一年にしたいと思います。
この餃子ツアーガイド業が確立できたら、餃子以外の食のガイドにも広げていきたいんです。ラーメンとかチャーハンとかしゅうまいとかビールとか。専門家の皆様には色々相談させていただきます!
音声メディアも頑張りたい
ちょっと一人でやっていくのに心が折れてお休み気味になっている「聴く餃子」ですが、これも今年はしっかりテコ入れしていきます。とりあえず自分の背中を押すために、ポッドキャスト専門のディレクターKONさんの「ポッドキャストの学校」を受講します。受講したらどうなるんでしょうか。餃子に限らずいろんなポッドキャストに出たい気持ちもあります。
焼き餃子協会の活動を伸ばしていきたい
焼き餃子協会のやりたいことが散らばりすぎてたことを反省して、昨年は整備に力を入れてきました。そして、今年は焼き餃子協会に参加するバリューをしっかり固めていきたいと思います。
個人会員はやっぱり頒布会がコアバリューになってくるのかなと思ってまして、こちらをしっかり。
法人会員は、発信の拡散をお手伝いしていくことかと思って、そのあたりの機能をしっかり。
今年は1月23日に「焼き餃子協会アワード」のイベントを開催します。
久しぶりのオフラインのイベントで、しっかり顔と膝を突き合わせて、餃子の未来をしっかり考えて動いて行こうと思っています。
ということで、1月23日は大手町でお会いしましょう!
あまり外見的に分かりにくいとは思いますが、焼き餃子協会の代表理事としての仕事と、しかけ株式会社の代表取締役としての仕事が、同じ方向に向いてきてまして、今年から来年にかけて力強くステップを踏んでいくことができる状況になってきました。いろんなところで「どちらも本業なので」と言っていたのですが、それがしっかり現実にできるのが今年から。あまり多くのことを追いきれない年齢ではございますが、これまで仕込んできたことを、大きく世に出していく甲辰の2024年としたいと思います。どうぞ、今年の私にご注目を頂ければ幸いです。