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【解説】ラグジュアリーEC業界の再編。「Mytheresa(マイテレサ)」がYoox-Net-a-Porterを買収した意図とは
2024年10月、ドイツのラグジュアリーEC企業「Mytheresa(マイテレサ)」が「Yoox-Net-a-Porter(ヨークス・ネッタ・ポルテ)」を買収した。2015年にYooxとNet-a-Porterの合併によってYoox-Net-a-Porterが誕生してから10年弱が経過したが、今回の買収によってラグジュアリーEC業界では「Farfetch(ファーフェッチ)」と並ぶ最大手規模となる。
買収や合併、シャットダウンなど変化が多いラグジュアリーEC業界において、今回の買収の背景や意図について解説する。
▼Mytheresaの買収についてトークしたPodcastはこちら
「外商システム」で成長するMytheresa
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Mytheresaは2006年にミュンヘンで創業したラグジュアリーEC企業で、2021年1月21日にニューヨーク証券取引所に上場した。2023年のGMVは8億5300万ユーロだったが、今回Yoox-Net-a-Porterを買収したことでグループ全体のGMVは30億ユーロ規模とラグジュアリーEC業界最大手規模となる見込みだ。
競合がひしめくラグジュアリーEC業界におけるMytheresaの強みは手厚いカスタマーサービスで、特に上顧客に向けたファストシッピングやオーダーメイドサービス、手に入りづらい限定品の優先的な案内などが支持されている。
競合との差が出しづらいラグジュアリーECプラットフォームはセールの前倒しなど価格競争に陥りがちななか、Mytheresa上顧客に細やかなサービスを提供する "外商システム"で着実な成長を遂げている。
Yoox-Net-a-Porterの買収はリシュモンとの関係強化が狙い?
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一方のYoox-Net-a-Porter(YNAP)はYooxとNet-a-Porterの二つのラグジュアリーECが合併して生まれた企業で、Yooxはミラノで2000年に創業、Net-a-Porterも2000年にロンドンで創業した。
Net-a-Porterが2010年4月にリシュモンに買収された後、2015年10月にYooxと合併しYoox-Net-a-Porterとなった。
合併後もYooxとNet-a-Porterはそれぞれ別のプラットフォームとしてビジネスを続けており、Net-a-PorterのGMVは12億ユーロ、Yooxは9億ユーロとグループ全体で約20億ユーロの規模となる。
今回YNAPをMytheresaが買収したことで、Mytheresa株の33%をリシュモンが持つことになり、Mytheresaはリシュモンとの関係をより強固にしたかたちとなる。
近年はラグジュアリーブランドも自社ECを始めるケースが増えており、顧客がブランドの自社ECに流れてしまうことに加え、商品在庫が自社EC側に確保されてしまうという点でもマーケットプレイス型のラグジュアリーECは苦境に立たされている。そのためEC各社はブランドとの関係性強化を重視しており、今回のMytheresaによるYNAPの買収も、リシュモンとの関係強化が主な目的だったのではないかという見方もある。
ラグジュアリーEC業界、統廃合の歴史
2000年代に次々と生まれたラグジュアリーECだが、ラグジュアリーブランドの在庫確保の難しさや海外への発送コストが嵩む点などから利益を出すのが難しいビジネスモデルでもあり、この20年の間に業界内で合併や買収を繰り返してきた。一時期は次々とIPOしていたものの、非上場や買収後のシャットダウンもあり、現在上場している企業はMytheresaとCETTIREの2社程度となった。
激動のラグジュアリーファッションECの変化を、上場や買収、シャットダウンといった大きな変化があった企業ごとにまとめて紹介したい。
Farfetch
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2007年にイギリスで創業したFarfetch(ファーフェッチ)は2018年に上場したものの、2023年12月に上場廃止となり、2024年1月に韓国のEC大手Coupang(クーパン)の傘下に入った。
ラグジュアリーECの中でも流通規模も大きく、2015年にはロンドンの Browns(ブラウンズ)を買収してオンラインとオフラインをシームレスに連携させるなど新しい取り組みにチャレンジしてきた。
また、中国のEC大手・JD.comとの提携やOff-Whiteの親会社の買収、リシュモンとAlibabaからの共同出資を受けるなど、連携を広げてきた。
しかし2023年10月に破産の可能性が報道され、リシュモンによる買収の可能性も示唆されていたものの合意に至らず、最終的にCoupangの傘下となった。
最近ではケリングから今後はFarfetchとは直接取引を行わないとアナウンスされるなど、苦境に立たされている。
MatchesFashion
MatchesFashion(マッチズファッション)は1987年に創業した実店舗から始まった特殊な歴史を持つラグジュアリーEC企業だったが、創業者夫妻が2017年にPEに売却した後、2023年12月にスポーツ用品を扱うFrasers Group(フレイザーズ・グループ)が買収し、2024年6月にサービスの閉鎖を発表した。
MatchesFashionはパンデミック以降長らく経営難が続き、Frasersの買収によって再建を目指したものの、買収からわずか数ヶ月でシャットダウンとなった。
SSENSE
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SSENSE(エッセンス)の創業は2003年だが、2004年にカナダのモントリオールに実店舗をオープンし、オンラインはそこから二年後の2006年という実店舗先行型でラグジュアリーECとして成功した珍しいケースだ。
2018年にはカフェやパーソナルショッピングサービスを併設したフラッグシップ店舗をモントリオールにオープンし、オムニチャネルを強化している。
また、2021年にはセコイア・キャピタル・チャイナから40億ドル以上の資金を調達し、中国市場での展開にも力をいれている。
CETTIRE
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CETTIRE(セタイア)は2017年創業の後発組ではあるものの、2020年12月に上場し、現在も上場を維持している数少ないラグジュアリーECとなった。ヨーロッパが強いラグジュアリーEC業界において、CETTIREはオーストラリア発である点も珍しいポイントだ。
CETTIREが成長した理由のひとつとして、商品の調達が強いという点があげられる。ラグジュアリーECは他社との差別化が難しく、セールによって価格を下げるか、限定品や希少性の高い商品の在庫を潤沢に持つといったかたちでの競争になりがちだ。
その中でCETTIREは、CETTIREに出品しているセレクトショップの商品調達ルートが強く、他では品薄となっているアイテムも手に入ることが多いため、ファッション好きからの支持を集めているという強みがある。
Moda Operandi
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Moda Operandi(モーダ・オペレンディ)は2010年に創業し、ファッションウィーク中にランウェイのアイテムをプレオーダーできるというユニークな仕組みの提供によって成長してきた。
複数回の資金調達を経て累計調達金額は3億4500万ドルに上るが、2024年3月には資金調達が難航しているという報道もあった。
過去にはLVMHもModa Operandiへ出資しており、LVMHが毎年開催しているヤングデザイナー賞の受賞者限定のトランクショーを2024年にModa Operandiが手がけたことも話題となった。
24S(LVMH)
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2017年ローンチされた「24S(トゥエンティーフォー・エス)」は、LVMHグループ直営のECプラットフォーム。LVMHグループのブランドを横断して購入することができる。ラグジュアリーブランド直営だけあって配送時の梱包の豪華さなど、顧客体験も重視している。
他のプラットフォームに比べて直営ならではの在庫の充実という強みはあるものの、サイトデザインにおいてブラントごとの世界観を出しづらいという難しさもある。
ラグジュアリーECならではの難しさと今後の展望
ラグジュアリーECは2000年代の黎明期にはラグジュアリーブランドが直営のECを持っていなかったこともあり成長を遂げたものの、現在は各ブランドが自社ECを持ち、また広告による顧客獲得の効率も落ちていることから、苦戦を強いられている企業が多い。
またラグジュアリーアイテムは単価が高いため試着や実物を見たいという需要が高く、オンラインチャネルだけでは完結しづらい点もラグジュアリーECの難しさである。実店舗の方が接客も含めてラグジュアリーな購買体験ができるため、ECでチェックしたアイテムを実店舗で購入するという流れも発生しやすい。
一方で、すでに地位を獲得しているラグジュアリーブランド以外の新興ブランドにとっては、ラグジュアリーECでの取り扱いがソーシャルプルーフとなってセレクトショップや百貨店での取り扱いにつながるといった面もまだまだある。
Mytheresaのように上顧客向けに先行販売や限定品の販売を行うといったかたちで、従来の百貨店における外商のリプレイスという方向も今後のラグジュアリーECの戦略のひとつとなりそうだ。
また、ラグジュアリーECの顧客層は購買力が高いため、広告出稿先としての魅力も高い。そのため、今後リテールメディアとしての展開の可能性も十分にある。
統廃合が続く激動のラグジュアリーEC業界において、今回のMytheresaによるYNAPの買収がネクストスタンダードを作ることができるのか、今後に注目していきたい。
(photo by Mytheresa HP)
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