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『先生とチェロとわたし』美しくない音はださない覚悟
さわやかに晴れた、冬の終わりの週末。
K先生が『本番の前ならレッスンができるよ』、とおっしゃるので、珍しく午前中9時半からレッスンとなった。
前々回のレッスンから、K先生に指摘された音程のハズレ具合が深刻なことに加え、自分自身、自分が出している音がどうしても許せない、けど、どうしたら美しい音がだせるのかわからない、という状態がずっと継続していて、それをどうにかしなければと思い、はや数年。
今こそ変えなければと、K先生宅でレッスン室に入るなり、挨拶もそこそこにK先生に訊いてみた。
これまでのお話は下から!
『先生、私、どうしても自分の調弦してる開放弦の音からして嫌なんです。美しくないんです。変えたいんです』
『ずいぶんよくなったと思うけど』とK先生。
『調弦した瞬間に、その人が上手いか下手かわかるじゃないですか、それがもうコンプレックスでいやでいやで、、、上手い人は調弦の取り方がいいだけでなくて、その音から美しいし』
『別に今ので十分だと思うけど、、、別に変じゃないよ』
という押し問答を繰り返し、K先生が指摘したのは、もっと音を聴いて、ということだった。
『あなた、聴いてないのよ。ただ音出して、これで音程わかるでしょって感じに弾いてるから調弦もそんな音なんだよ』
『……』確かに、、、
『じゃあ、これではどうでしょう?』とD線開放弦をロングトーンで弾く私。
『うーん、今途中で少し音程ずれたよね。一定じゃないよね』
もう1回。
『これでどうでしょうか?』
『うーん、今のは良かったけど、弓の上半分からは聴いてない音がするな』
と、すぐに言い当てるK先生。
そうなのだ、音にはその奏者の気持ちが如実に伝わってしまうのだ…
ではもう1回、と延々弾いてみた後、OKが出た。
『それでいいよ。ヨーヨーマだって開放弦をそれ以上に綺麗にはひけないよ』
とK先生。
(ひどい嘘だ、、、、またK先生はテキトーなことを言っている)とは思ったものの、また険悪な雰囲気になるのを避けたく、次にとりかかったワタシ。
いつもK先生は、『簡単じゃないんだから。時間がかかるんだから。ひとつづつ積み上げていくしかないよっていつも言ってるでしょ』とおっしゃるが、その通りなのだ。
しかし、そう悠長にも構えていられないトシでもあって。
レッスンでは、練習曲をみて頂いたのだが、『出だしの音の出し方がわかってない』と、何度も1音だけクリアに体を使って出すという練習をさせられた。
こんなだから、なかなか練習曲も進まないのだが、最近はいろいろと音程のことや、音程をあてるための練習方法にも気がついたことがあったので、だんだん加速度的にはやくなる、、、ことを願ってはいる。
しかし、あと何年かかるのだろうか?
この人生の中で、チェロが上手く弾けて、外でお金を頂くまでになるのだろうか?
ふと、そんなことを練習中に何度も思う。
普段は2時間レッスンなのだけれど、今日はK先生が午後からオーケストラで本番なの、と言うので、1時間30分で終わってしまった。K先生が、『あー間に合わない、アー忙しい』とバタバタとチェロをケースに入れたり、楽譜を一緒に押し込んだりして準備しているのを目の端で見ながら、本当は間に合うのに、わざと急がないと間に合わない、というふりをしているように見えた私は、やはり私はK先生への信頼がもうほとんどないのだな、と諦めに近い気持ちで自分のチェロをしまった。ほんとなら、ギリギリまでレッスンしてくれるはずだよね、と悔しく思った。
帰宅して、また練習していた時、YOUTUBEで練習していた曲の動画を観ていたら、Shafran大先生がシューマンの曲を弾いている動画がでてきた。そうしたら、その中でShafran大先生は、曲中でA線の開放弦を、本当に開放弦なの?と思えるほど色彩豊かに弾いていたのだった。
K先生、またすぐ嘘とわかる嘘を、、、と思いつつ、こんなふうに弾きたいもんだよ、、、と思いながら、また練習に戻った。
レッスンからの帰り、接続する山手線のホームから狭い空をのぞいてみた。
春ももうすぐそこというのに、心は極寒のごとく、吹雪吹き荒れる2月の1日なのでした。
(マダマダ続くヨ)
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