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ショート小説『ありがとうを言えた日』

今日はとことん、ツイていなかった。

①シンプルに疲労

仕事先のイベント会場。
次から次へと目まぐるしく接客していくこと、6時間。
準備と後片づけ、その他色々に4時間以上。
同業者のブースがたくさん並んでいる会場で、
お客様の比較や評価の目にさらされ、追及され、交渉され、文句を言われ、
仲良く頑張りましょうと言ってきた隣のブースの担当者は、結局マウントを取ってきて……

数か月前から準備してきた大事な仕事。
とにかく疲れたけど、神さまからは何のご褒美もないから、
大仕事を終えたご褒美を、自分で自分にプレゼントしてあげないといけない日だと思う。
そういう日って、誰にでもあるでしょう?

②でかいカバン

イベントが終わり、ようやく後片付けに取り掛かろうとしたその時、
今日の戦場をともにしてきた後輩が、フラっと倒れた。
正確にはよろけた程度だったが、真っ青だった。
一日中、立ったり座ったりで接客していたから、疲れるのも当然だ。

後輩は、ブース設営のデカい荷物を運ぶ係だったので、
彼が顔を真っ青にして早退してしまったのはかなりの痛手だった。
今日の参加者は私と、倒れた後輩、新卒の女の子、という3名なので、
新卒にこの荷物を運ばせるわけにはいかない。
私はその荷物を引き取るという重責を背負った。

私は倒れるわけにはいかない。
どんなに真っ青でも、息を止めて顔を真っ赤にして、
撤収までやり遂げなければならないのだ。

③駅前のパン屋にて

資料やPCが入ったカバンと、後輩が持ってきたブース設営の荷物を抱え、
私はようやく最寄り駅に着いた。
近所の安いスーパーはギリギリ開いている時間だったのだが、
せめてものちょっとしたご褒美を手に入れるため、駅前のパン屋に寄った。

ここは夜に、がっつりめのセールをしてくれるので、
いつもちょっと高くて躊躇する高級食パンを買ってみようと思ったその時、
おばさまに、最後の一個を取られた。
私はその時食パンの前で、どうにかデカい荷物をパンにぶつけないようにと
荷物を片手にまとめるため、ゴソゴソしていた。
食パンの前にいたからといって、確保したことにはならないから、
私はおばさまに文句を言うことができなかった。

仕方ないので、朝食用に塩パンと、他にも惣菜パンやらメロンパンやらを取り、レジに並んだ。
レジは並んでいる人がいなかったので、ほっとしていたのだが、
だんだん荷物の重みが負担になって、パンのトレイがプルプル震えてきた。
かれこれ5分くらい並んでいる。

レジ中のおばさまは、パンを山盛り買った上に、
ポイントカードの何やらをしたり、予約をしたりしていたらしい。
パン屋のレジで6000円を超えているのは初見だった。
一つ200円としても30個?
おばさまはこれを食べ切れるのだろうか?

それにしても重い。
パンを落としたら、この世の終わりだという思いで、
なんとか乗り切った。

④うどん屋にて

スーパーはまだ開いていたけれど、
夕食は近所のうどん屋に寄った。

独り身はカウンター席しか座らせてもらえないから、
両足でカバンを挟みながら、PCカバンを左肩に掛けながらの絶妙な姿勢で、
最悪の緊張感のなか、うどんを啜った。

極めつけは、レジだった。
普通、「○○円です(お金受け渡し)……レシートです、ありがとうございまーす」みたいな定型文があり、
こちらもそう言われたら、「どうもー」とか「ごちそうさまでしたー」とかみたいな感じで返すものだと思う。
私はたいてい、「ごちそうさまでしたー」派だ。

その店員は、「レシートです、どうぞ」で、会話を終了させた。
私は、レシートを受け取って、どのタイミングで会話を終わらせたらよいのか分からないから、
気が付くと、「ありがとうございましたー」と言っていた。

なんか、お店の人にありがとうございましたって言ってもらえないと、
寂しい。
定型文でも良いから、言ってほしかった。

*   *   *


今日は素晴らしい一日だった。

①数か月前から準備していた仕事が、大成功に終わった。
たくさんのお客様に話しかけてもらって、
うちの説明を聞いてもらって。
ずっと頑張ってきたから、神さまからご褒美を貰ったみたいだ。

②体調の悪い後輩の様子に気付き、早退してもらった。
こんな重い荷物を持って来てもらったと思うと、さぞ大変だっただろう。
帰りは私が、ありがたく持ち帰らせてもらった。

③駅前のパン屋は夜のセールをしていて、
お気に入りの塩パンとメロンパンを3割引きで買えた。
しかも、一人で6000円越えのパンを買う、珍しいおばさまにも出会った。

④うどん屋で、暖かいうどんを食べて癒された。
しかも、レジで、いつもの「ごちそうさまでしたー」に加えて、
「ありがとうございました」を言うことができた。
店員さんは「ありがとうございました」を言わなかったのだけれど、
ありがとうなんて、誰が言ってもいいもんね。
言った方が幸せになれるんだもんね。


あーあ、こんな風になれたら幸せなのに。
私は明日もまた愚痴をこぼすと思うけど、しょうがないよね。
(完)

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