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【物語:自由詩シリーズ】第14話 ライラック薫る午後の会話

足早に通り抜けようとした駅前広場。
ふと甘い香りに誘われて足を止めた。

お嬢さん、持っていかないかい?

朗らかな声に顔を向ければ
淡く濃く紫の輝き、純真無垢な白の微笑み。
ブリキバケツに飾られたライラックの花。
大盛況だったのだろう。
後ろには空のバケツが並んでいる。

じゃあ一つと手を伸ばせば、
もう帰るからと残りを全て持たされた。
思わぬ重みによろめきながら
それでも至福の香りに励まされ、
我が家へと坂道を進む。

おやおや、どうしたんだい。
ライラックの花の妖精かと思ったよ。

脇からひょいと重荷を助けられる。
紫が誰よりも似合う兄こそ花の精のようだ。

こんなにたくさん、すごいね、幻想的だ。

香りを嗅ぐその横顔がとても綺麗で、
だからだろうか、ふと寂しくなった。
時間はいつだって指の間をすり抜けていく。
どんなに愛しくても留めて置けない。

そうね、でも花の盛りは一瞬だわ。
美しさはすぐに行ってしまうから。

そう呟けば、兄が目を細めた。
そっと片手を伸ばし、私の頬を撫でる。

そうだね、だけどその一瞬は永遠で、
その一瞬は唯一無二だ。
二度とないおまえの時間を僕は独り占めする。
これ以上の贅沢があるかい?

それは甘い香り以上にとろける響き。
私は添えられた熱に頬を摺り寄せた。
有限の時には誰も魔法をかけられない。
けれどそれ以上に素敵なものが
その流れの中には輝いている。

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