「山田陽翔=びわ湖」。完成を待つ日本一の方程式/高校野球ハイライト番外編・近江
いつからだろう。スポーツを見るとき、心に予防線を張るようになったのは。
応援チームの優勝を願いながら、いつもどこかで「負けるんじゃないか」と思っている。スポーツが全てではない。負けても明日はやって来る。平静を保つための保険は必要だ。
「2018年を越える。記憶にも記録にも残る史上最強のチームになれる」。
夏前の取材。多賀章仁監督の宣言を100%で受け止めなかった自分がいる。滋賀大会を勝ち抜いたあとも、期待より不安が大きくなってきた。
確かに山田陽翔はスペシャルだ。ただ、ワンマンチームでは全国の頂点へたどり着けない。いま振り返っても2018年はタレント揃いだった。果たして大橋大翔は有馬諒を、津田基は土田龍空を、清谷大輔は住谷湧也を越えているのか?
…つまんない人間になったな。自分。
悔恨の思いも込めて書いてみる。改めて山田はスゴい。
令和の強豪校で、なかなか見かけないエースで4番で主将。140キロ台の2シームを操る投球は高校レベルを越えているし、滋賀大会どころか甲子園でもグランドスラムを放つ打撃には感服する。加えて学校でも球場でも、こちらを見かけて笑顔であいさつしてくれる人間性。1年時からインタビューの受け答えも完璧だし、百戦錬磨の多賀監督に「山田監督」と言わせるだけの統率力も持ち合わせる。何より入学時から日本一と言い続け、センバツ準優勝を収めた実績は見事と言うほかない。
例えるなら誰だろう。自分が見てきた甲子園の歴代スター、横浜の松坂大輔や早実の斎藤佑樹とは明らかにキャラクターが違う。近いのは花巻東の菊池雄星や金足農業の吉田輝星だが、彼らは4番でも主将でもない。
ずっと考え続けていた質問に、最近ようやく答えを見つけた。選手で探すから無理が出る。
山田陽翔は、日本最大の湖・びわ湖だ。
「滋賀ってびわ湖しかないね」と言われ続けて数十年。こちらはいつだって名所や名物を提示し続けているのに、県土の6分の1に過ぎない湖の存在が全てを打ち負かしてきた。
とは言うものの、びわ湖なしでは近畿1450万人の生活が立ち行かないのも事実だ。歴史も自然も食事もレジャーも、全てがびわ湖中心に組み立てられている。象徴する存在を持たない自治体だってたくさんあるだろう。
あえて表現するならば、滋賀にびわ湖しかないんじゃない。滋賀にこそびわ湖があるんだ。文句は言わせない。
今年の近江だってそうだ。スタメン9分の1である山田がびわ湖のような存在感を放つから、他の選手が流れ込む川のように語られる。彼らが劣っているわけでは決してない。そもそもびわ湖だって一級河川のひとつだ。
そう考えればチームの印象も変わってくる。大橋と有馬を、津田と土田を、清谷と住谷を比べること自体が間違っていた。だって2018年に山田はいなかったんだから。
思い返せば甲子園が中止になったおととしの夏。滋賀の独自大会初戦で当時のエース・田中航大が緊急降板した瞬間に、方程式の解答時間は始まったのかもしれない。
近畿大会で足をつった1年秋、大阪桐蔭を甲子園で撃破した2年夏、肘のケガで投げられなかった2年秋、代替出場のセンバツで準優勝した3年春…語り尽くせないほどの難題を、いつも山田は解き明かしてきた。
あとは高校最後の夏、全国の頂点に立つだけだ。日本一に挑むのではない。自らが日本一であることを証明するための甲子園。ここまで書いて、ようやく不安がなくなってきた。
今こそ滋賀県民も「一丸」になってフィナーレを見届けよう。にわか歓迎、後付け歓迎。流入人口が多いせいか、関西人の割に控えめで、ひとつになれない県民性。でも甲子園を見てみれば、みんな山田が好きになる。だって滋賀の誇り、びわ湖なんだから。
湖国初の優勝まであと3つ。近江に山田陽翔しかいないんじゃない。近江にこそ山田陽翔がいるんだ。予防線は、もういらない。
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