”匂い×絵画=??” カルチャーペアリングが知的&ポップで楽しいよ
食事とお酒を合わせる「ペアリング」が好き。
例えばワインとチーズを合わせるだけでも、単体で飲んだ一口目と、チーズを齧ったあとの二口目では香りが急に変わることがある。今まで感じもしなかったナッツ臭がしたり、桃のような香りがしたり。
でもそれは「チーズに含まれている香り」ではない。
チーズの媒介によって、ワインが元々奥底に隠しもっていた旨味が上手に引き出されるのだ。そういう驚きと新鮮さは、何度味わっても楽しいしわくわくする。
カルチャー×カルチャーのペアリングは?
ならば、例えば絵画と香水、音楽と本など同時に楽しむことができるものについてもペアリングできるはずなのではないか。
服のコーディネートとも少し似ているが、ただの「いい感じにみえる組み合わせ」ではなく、なるべく文脈をもって楽しめるペアにしたい。
今回は香り×絵画が引き出す記憶について試行してみた。
香りは“BIBLIOTHÈQUE” by BYREDO.
スウェーデン発の香水メゾンBYREDOによる 「BIBLIOTHÈQUE」。名前は図書館の意味で、一歩入ったときのわくわく感とか浮遊感が甘い香りで表現されてる。
最初に香る「トップノート」はピーチ・プラムのみずみずしく甘ずっぱい匂い。壁を埋め尽くす本棚たちをひと目見て、好奇心がうずうずと湧きあがる感覚。
少し時間が経つと、バイオレットやピオニーといった「ミドルノート」が現れる。どちらも優美で、さっきより落ち着いた花の香り。きっと、館内をゆっくり歩いて、どの本を読もうかと思いをめぐらす豊かな時間。
そして最後はパチョリ、バニラ、レザーの「ベースノート」が残る。パチョリ、レザーのスモーキーな渋さとバニラの甘さが、革張りの本をひもとく甘美な感覚を残り香として表現する。
経験か空間か、パフュームかルームスプレーか
香水は緻密に計算されていて、時間とともに肌の上でさまざまなイメージが移ろいゆく。この場合は、個人が図書館で過ごす時間の追体験が設計されている。
一方で、実は冒頭の写真に写っているBIBLIOTHÈQUEは、香水ではなくルームスプレーだ。
一般的にルームスプレーは空間全体に広がるため、香水に比べてさまざまな香りがハーモニーとなって最後まで残りやすい。
でもそれはまるで、部屋全体が図書館の雰囲気に包まれているような感覚。色んな人がいて、色んな香りがする空間性の再現。
個人的な経験の移ろいとしてのパフューム、誰かと共有する混然とした空間としてのルームスプレー。
少し悩んだが、このコンセプトであれば、と限定品であったルームスプレーを選んだ。ひと吹きすると、親しい誰かと図書館でゆったり過ごすような空間がうまれる。
本を読むって、こういう新鮮で甘美なものなんだと再確認させてくれるのがやっぱりBIBLIOTHÈQUEの魅力だ。
絵画はモーリス・ドニ《『ラ・デペッシュ・ド・トゥールーズ』紙のためのポスター》
さて、この香りに組み合わせるとすれば何を合わせるのがよいだろうか。
読書と絵画、だと有名なフラゴナールの「本を読む少女」とか
もしくは、日本人が大好きなルノワールの「読書する2人の少女」
あたりが妥当であろうか。少女のみずみずしく楽しげな感じは伝わってくるし、上流階級の雰囲気もクラシカルな上品さをあの香りに与えるだろう。(どちらの絵も著作権が切れて、美術館やコモンセンターがDL用に配布していた!いい時代だ)
しかし、これら有名な絵画たちよりも真っ先に浮かんだ絵があった。
モーリス・ドニ《『ラ・デペッシュ・ド・トゥールーズ』紙のためのポスター》だ。
ナビ派の画家として有名なドニが描いた、19世紀終わりごろの新聞社のポスター。上記の絵との大きな違いは、これが市井の人々に向けて街頭に貼り出されていたものということだ。
踊るように新聞を広げ配る女性と、それを求める好奇心たっぷりな人々。一部の上流階級だけでなく情報は誰にでも開かれている時代への期待感と、知識を得ることに対する喜びが描かれている。
「知識=わくわく=花と躍動感」のコンセプトも、誰にでも開かれた情報の場という点でもBIBLIOTHÈQUEとよく似ている。
本物の絵はオランダのゴッホ美術館に収蔵されていて遠く離れているけれど、意外な共通点を勝手に見つけるのはとてもうれしい。
ペアリングが引き出す旨味
これらのペアリングが生み出したのは、ただ「似ている」ということだけだろうか?いや、そうではない。奥底に眠っている第3の感覚を引き出してくることこそがペアリングの真髄だ。
私個人の話をしよう。ここ数年、わたしは玉石混淆の情報があまりに多い世の中でもういい加減食傷気味だ。好むと好まざるに関わらず強制的に視界に入ってこようとする情報もぐっと増えた(そういう仕事もしていた)。そこに加えて、いまはメンタルも病んでいる。
新しい知識を得ることに対する躍動感も、能動的な姿勢も、かなり薄れてしまっているのだ。
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でも、この時期だからこそ「過去の好きなもの」をよく思い出そうとしている。そのときに、たまたまこの2つのアートワークが目につき、思いつきでポストカード用の額縁を用意して部屋にシュッと香りをひと吹きしてみた。
やっぱり似ているしよく合うなあ、とぼうっと鑑賞しているうちに、突然幼い頃のとある経験と記憶が蘇ってきた。
それは、近所に新しい図書館ができて「本がこんなに沢山あるなんて!」と感動したときのこと(その頃には既に本の虫だった)。
新しい図書館では、今まで手に取ったことのなかった海外の小説や図鑑、ときには簡単な英語の絵本まで読んだ。それでもまだまだ読みたい本が無限にある、人生って長くてよかった!そんな新鮮で甘美な感覚がふとフラッシュバックのように湧き上がってきた。
わたしにとっても、本来は情報に触れることは新鮮で、わくわくして、甘美なことだった。忘れかけていた感動を久しぶりに体験したとき、わたしは文字通りゾクゾクしたし、本当に嬉しかった。
甘美な香り、甘美な絵、そして甘美な記憶。
これらを同時に味わえるのは、まさしく2つのアートワークの相互作用があったからである。
わざわざ「組み合わせる」ことの意味ってある?
突然だが、わたしの好きなサルバトール・ダリの言葉に
「五感の中で、嗅覚こそが永遠を伝える最良の感覚であることは疑う余地がない」
というものがある。確かに過去に嗅いだ懐かしい匂いを感じた時、同じ香りがしたときの情景や人物がフラッシュバックすることは誰にでもある経験だ。
また、視覚についても同じだろう。デジャヴのような形で以前見た光景と似た情景がふと現在と重ねて見えることもある。
ということは、こんな風に二つの作品を重ね合わせなくても、わたしもどちらか単体の作品だけであの感覚は思い出せたのではないか。しかし、実際にそれは起こらなかった。
考えてみれば、今回の場合は上記のような思い出し方とは全く違う。わたしは過去にBIBLIOTHÈQUEの香りを嗅いだことはないし、ドニの絵も見たことがない。つまり、これらの作品はわたしの幼い頃の記憶には全く関係がないので、フラッシュバックのしようがないのだ。
それでもこのように急に思い出が蘇ってきたのは、この2つの作品が頭の中で「情報=わくわく」というラベルでつながったことがきっかけだ。そこに同じラベルを持つ幼い頃の記憶がどこかから急に引き出されたのだろう、そして同じ要素をシナプスが3つ繋がった。
このように、何かの組み合わせに対するメタ的なラベリングによって、もう一つ思いもよらない「3つめの感覚」が引き出されることがある。それも、単体では味わえなかった何か素敵な発見が。
それをわたしは敬愛するワインと料理のように「カルチャーのペアリング」と呼びたい。
カルチャーのペアリングをもっと広げたい!
ちょっと小難しい分析をしてしまったが、要は「何かと何かをうまいこと掛け合わせたら面白いよね!」ということだ。
本、音楽、絵画、香水、映画。
それぞれ文脈やストーリーを持つものどうしを掛け合わせたとき、そこにはなんらかの共通点や反対に真逆の点が見つかる可能性が多くある。
そのラベリングによって生まれるアウトプットは、きっと上記のわたしのような個人の記憶だけじゃないはずだ。
なにか新しい着想を得たり、さらに別の作品を思い出したり。時には共通の文脈を感じ取って感傷的な気分になることもあるかもしれない。(モーツァルトを聴きながらレ・ミゼラブルを読むとかね…w)
それは個人の体験によらず、みんなの共感を得るものかもしれないし、何か学術的に新たな発見(!)につながる可能性だってある。せっかく文脈をもつ作品を味わうのであれば、二度、三度と別の旨味を楽しみたい。
何かを発見することは、どんなに個人的なことだろうと楽しいことだ。
最後に
だいぶ長くなってしまったが、要約すると、このように何かを組み合わせることによって新しい「3つ目の感覚」を引き出すことはとても新鮮でうずうずする体験だ、ということだ。
なんか似ているな、とか、ちょっと気になるな、と思った組み合わせにはきっと頭のなかで引っかかっている共通の要素があるだろう。ぜひそこを掘り下げてみてほしいし、偶然の副産物も楽しんでほしい。
わたしはこれからもたくさんの作品を、いろんな角度から、いろんな要素から、いろんな組み合わせから楽しんでいきたい。ただ消費するだけより、そこから何かを生み出す方がぐっと豊かだから。
おまけ
本当に余談だが、もはや遥か昔に語っていたBIBLIOTHÈQUEのラストノート(甘美さの中に渋さが混じる香り)について。
あれを何かとペアリングするとすればなんだろう…と考えていた。
そして思い当たったのが、ボッティチェリによる「聖アウグスティヌス」の絵である(数年前のボッティチェリ展で来日していた)。
見て、この元チャラ男の哲学者が革張りの本を紐解いて、思索に耽る様子。香りはパチョリ、バニラ、レザー。どちらも渋くて耽美で、もうパーフェクトな組み合わせ。あー、これを最高と言わずしてなんと呼べばいいんだ。
ということで、このペアリングのアウトプットはわたしの性癖というか好きなタイプの再発見、ということだろう(別にいらないけど)。でも、まあ本当にこれくらいの気軽さでみんな「何が何に合うか」試してみてほしい!
こういうクラシカルなカルチャーが横断的に語られることって少ないけど、わたしはもっとポップにやっていきたいし、周りにも広めたい。昔の人たちが熱狂したコンテンツなんだから、掘るとまじで超楽しいよ。
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