見出し画像

ADHDの私が発達障害当事者の交流会に参加してみたら

発達障害当事者の交流会というものがある。

私はここ最近ADHDと診断されたが、にわかに受け入れがたい感情があり、自分を納得させるためにも、そして瞑想のニーズを探るためにも、この発達障害当事者の交流会に参加してみようと思った。

発達障害として生きてきた自覚がなかったわけではなく、認めたくなかったので、ずっと自分の能力の低さから目を背けてきた。

しかしこの世には発達障害を受け入れ、生きている人も沢山いるだろう。

私はそんな人たちから心のあり方を学び取り、生きやすい未来を手に入れたいと考えていた。

そしてもう一つ、発達障害の皆様は瞑想についてどれほどの知見を有し、実践者がどれほどいるのか、それをリサーチしたかった。

もし、瞑想の認知度が低く、取り入れている人が少ない場合、瞑想を広める活動を通じ、生きづらさを感じている人達の力になれるかもしれない、そうだとしたら私にも社会貢献できることがあると思った。

そんな理由で、私は「発達障害・HSP・生きづらい方の当事者交流会」というものに参加した。

会場には想像以上の参加者がおり、ざっと見積もっても30人は軽く超えていた。

私はかなりニッチな集まりを想像していたので、10人くらいの人が輪になって談話するスタイルを想像していた。

しかし、思った以上の人数だったので、ディスカッショングループが5つか6つに分かれ、だいたい5〜6人のグループに分かれて話し合いをした。

まずは今日ここに来た目的は何か、という話を伝えた上で、それぞれの悩みを打ち明けて行く。

その中で私はいかに自分が恵まれた環境で生きているのかを思い知った。

私は確かに間違いなくADHDではあるが、仲間には恵まれ、できない自分を安心して晒すことができ、理解のある人ばかりで、みんな仲良しだ。

私の人生の周りは奇跡的に人に恵まれている。だからこれまでの人生、それほど不自由がなかったのだと思う。

しかしこの世界には、そんなに恵まれた人は稀にしかいなく、仕事がすぐにクビになってしまい、長続きできずに悩んでいたり、障害者手帳の申請中で、障害者雇用先を探していたり、一人暮らしでいながら障害を抱え、会社では発達障害を開示できずに日々を不安に過ごしていたり、若くして発達障害によりいじめられ、先生にまでも差別され、人間不信に陥ったり、筆舌に尽くし難い話ばかりだった。

私の自分の特性を受け入れ難い、なんていう悩みは皆に比べてあまりにもちっぽけで、相談することを躊躇してしまう。

しかし、同じADHDの人が上手に話を誘導して下さり、私もこのちっぽけな悩みを吐露してきた。

そして皆様に色々なアドバイスを頂き、励まされてきた。本当に当事者は優しい、そして親切で安心感がある。

そんな中、ASDの人達とも沢山交流してきた。

私とは性質が違うものの、沢山の人たちの悩みを聞いてきた。

私も及ばずながら、ありったけの得た知識を用いて、皆のこれからの人生がより良くなれるよう、あらゆるアドバイスをして回ってしまった。
なんというお節介。

認知行動療法、スキーマ療法、瞑想、栄養、グルコース、意志力、グリッド、思い出せる本の知識を総動員し、発達障害の力になれればと話をし尽くした。

そして、交流会の主催者様との相席となり、私の話の番になった時、この交流会に参加し、いかに社会が障害者にとってケアが不足しているのかを思い知ったという話をしながら泣いた。

本当は私だってケアされるべき立場かもしれない、でも本当にたまたま運が良く社会に居場所を作ることができただけだ。

ここにいるみんなは、別の場所で産まれた、私だったかもしれない人達だ。

だからこそ、自分の身に降りかかってもおかしくなかった生きづらさに共感し、あまりにも小さな力にしかなれない自分の無力さと、社会の無理解に憤り、涙が止まらなかった。

1番悩みが小さい私が、この会でただ一人わんわん泣いた。なんという醜態、しかしそんなものは、まさにちっぽけな恥である。

そしてその後、懇親会でこれまでADHDとして犯した失敗談に花が咲き、お開きとなった。とても有意義で、新しい価値観が開いた1日だった。

自分のしんどさをわかって欲しい、という観点が、
自分達のしんどさを社会に理解して欲しい、という視点に変えられた気がする。

まだ自分の課題もうまく解決できていないが、これから何をしたいかが朧げながら決まってきた。そんな1日だった。

いいなと思ったら応援しよう!