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金言459:新聞・週刊誌を読まなくなりました

長い間、事務系サラリーマンとして、日経新聞を購読することに疑問を持ったことはありませんでした。ビジネスマンとしての基本的な知識を蓄積し自己啓発の原資になると確信してこの新聞を購読してきました。ようやくインターネットの環境が安定し、PCでいつでもどこでも知りたい情報に触れることができるようになり、新聞記事の有料ネット配信に切り替えることにしました。
電子媒体に切り替えることで発生するかもしれない不都合についての不安は、紙媒
体と同様にコストを払って入手するということで希薄化しました。すぐに、紙媒体
が必須ではないことを学習し、有料配信もやめました。

若い頃は、バスに乗り遅れないように情報収集に時間と手間とカネをかけました。
今では、電源をいれると洪水のように流れ込んでくる情報を、取捨選択しその有用性を評価する時代に変わりました。情報収集という言葉も陳腐化し、情報を選択・評価する作業に代わりました。

早朝ゴミ出しで集合住宅の廊下を歩くたびに、新聞がドアに差し込まれている光景がすこしずつ変わっています。購読世帯数が確実に減っています。近頃では熱心な新聞の勧誘もめっきり減りました。
経営幹部が新聞を購読していないという米国の某小売チェーンでは、新聞広告をやめたそうです。もちろん、新聞の発行部数が減少し廃刊に追い込まれているという新聞業界の現状が媒体価値の低下を証明していますので、新聞広告をやめ別の媒体を選ぶのは合理的な意思決定と思われます。近所の新聞配達店が3軒廃業しました。

新聞購読をやめて、ゴミの量も減りました。その分テレビを見る時間が増えたかというと減りました。では、情報量が減ったかというとそうでもなさそうです。取捨選択することで絶対量は減りましたが、おかげさまでマスメディアの諸君(小沢一郎先生風にいえば)の発する雑音に悩まされず、自分なりの生活を楽しんでいます。

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