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『ヴァレンタインズ』 オラフ・オラフソン

愛する人と幸せいっぱいのあなたも、愛の負傷で療養中のあなたも。愛し愛されることの難しさを知る全ての人に読んでほしい、とびきりビターで上質な味わいの短編集だ。

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飛行機の乗り継ぎのため、ニューヨークに一泊することにしたビジネスマンのトーマス。10年前に別れた恋人がニューヨークに住んでいることを思い出し、会いたいと連絡をする。
10年ぶりに目にした彼女は少しやせたものの昔とほとんど変わらない様子で。。。
(一月)

ティーンエイジャーの子供を持つ夫婦が、2人だけの週末を田舎の家で過ごしている。時間を共にしながらもぎくしゃくし、会話もピリピリしている彼らは、実は夫婦の危機に直面しており、この週末旅行は関係の修復のために計画されたものなのだが。。。
最後の切れ味が素晴らしい。
(二月)

結婚20周年の記念にスキー旅行にやって来たカップル。しかし夫は初日にランニングマシーンで足を怪我してしまう。一人ホテルに残る彼は、幼い子供の相手をする父親と知り合いになり。。。
つい口をついて出てしまった嘘が、苦すぎる結末につながる。先に起きることを予想しながら読み進めてもなおラストの痛みにうめく。
(三月)


2人の人間の間に愛が生まれれば、そこにはまた様々な要素が発生する。
カエル化、モヤモヤ、浮気、ブチギレ。。。
恋愛経験者であればひとつやふたつは思い当たるフシがあるだろうそれらを、これほど鮮やかに強烈に描いたものはなかなかない。

今ではこの家に三人いる、と彼女は言った。ヨハンと、彼女と、欺瞞だ。彼らが欺瞞から解放されることはないだろう。

欺瞞。幻滅。それもまた愛の変形なのか。結ばれたはずの2人の間に影を落とす複雑な感情をすくい取った物語はどれも、身がすくむほど辛辣だ。

唯一救いを感じるのは「七月」という一編。
中年の危機をこじらせ、妻そっちのけで自分の欲求を追求しようとする夫。心のネバーランドを求めて密かに単独での海外移住を考えていた矢先、気になる体調の変化が現れる。
重大な病気を想定してすっかり気弱になってしまった夫は、どうやら今ある幸せを見つめ直しているようだ。
妻は、検査の結果重大な問題はなかったという医師からの連絡を受けるのだが、夫に伝えるのをあえて先延ばしにする。
妻のちょっとした意地悪は、不安で憔悴している夫には少し酷ではあるが、その下に流れる愛情は暖かい。
手痛い作品群の中で、この物語だけは微笑みを与えてくれる。

“女性は繊細で考え深く男性は誘惑に弱くて浅はか”という図式がややパターン化しているので気になる人は気になるかもしれないが、それぞれが小説として素晴らしいので私はその変なテーマ性(?)は無視できた。

街にハートが溢れるバレンタインシーズン。甘い季節のあえてのビターな読書に、おすすめしたい一冊だ。