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“Something That Needs Nothing” Miranda July
ミランダ・ジュライの傑作短編集“No one belongs here more than you”(※翻訳は『いちばんここに似合う人』という題で岸本佐知子の名訳が出版されている)からの一編。
10代の少女の大人へのイニシエーションの物語だ。
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「私」とピップは幼馴染。子供の頃から一緒に過ごしてきた2人は、いつしか自分達を同性のカップルと思うようになっている。とはいえそれは、お互いにお互いしかいない寂しい子供同士の、世間知らずで未熟な繋がりでしかない。
「私」は過保護な両親から逃れるために、ピップはマリファナ漬けのネグレクト母との暮らしから抜け出すために、高校を卒業した2人は手を取り合って故郷を飛び出す。
And it was easy to find an apartment because we had no standards; we were just amazed that it was our door, our rotting carpet, our cockroach infestation.
こだわりはなかったのでアパートを見つけるのは簡単だった。それが”わたしたちの“ドア、”わたしたちの“おんぼろカーペット、”わたしたちの“ゴキ軍団なのだということに私達はただ驚嘆していた。(ヨンデラ訳)
街で家具付きの安いアパートを見つけたはいいが、収入がなければ家賃も払えない。
そこで家賃と生活費を得るために2人が考えた策は、リッチなレズビアン相手に売春まがいのことをするというものだったが、当然そんな仕事が心にも体にも楽なわけがない。うぶな2人は初めての売春経験のショックでさっそくへこたれてしまう。
あれはとてもじゃないけど割に合わないね。じゃあ何しようか。覗き小屋は楽そうじゃない?パリ・テキサスのナスターシャキンスキーみたいに。は?!ありえない!!ごめん冗談だって。男に裸を見せたりするならもうあんたとは一緒にいられないから。
(──え。何今の、すごいロマンチックなコトバ!)
などと痴話喧嘩をしながらも、とりあえず家賃を支払えたところで、アパートのリノベーション(勝手に)を計画したりする2人。
しかし。
お金持ちの女子と仲良くなったピップが、突然別れを宣言して「私」を置いて去ってしまうのだ。
I ran after them, watched them hurry into Kate’s car. Before they pulled away, I shut my eyes and hurled myself onto the sidewalk. I lay there. This was my last hope that Pip would take pity on me. •••••High heels clicked toward me and stopped; an elderly woman’s voice asked if I was okay. I wispered that I was fine and silently begged her to move on. But the woman was persistent, so finally I opened my eyes to tell her to go. Kate’s car was gone.
後を追って、2人がケイトの車に乗り込むのを見た。車が発車する前に、私は目を閉じて、歩道に身を投げ出した。私はそこに横たわった。ピップが私を哀れに思ってくれるようにという最後の望みだった。・・・ハイヒールの音が近づいて、止まった。年取った女の人の声が、あなた大丈夫と聞く。私は大丈夫とささやき声で答え、心の中であっちに行ってと願った。けれども女の人は行ってくれないので、私はとうとう目を開けた。ケイトの車は消えていた。
(ヨンデラ訳)
その後、悲嘆からどうにか立ち直ったものの、「私」は他に何も思いつかず結局覗き小屋で働き始めることになり。。。
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乾いた可笑しみに満ちた短編集“No one belongs here more than you”の中では比較的余韻の深い作品だが、他の作品と同様、要所要所でなにかと笑える。恋人に去られるシーンも、覗き部屋で初めて客を待つシーンも、哀れなのにいちいち笑えるところがたまらない。
ふわふわと温厚だが他力本願な「私」と、抜け目なく身勝手なピップのコンビが危なっかしくも、向こう見ずな若さがキラキラ光る。
ザ・スミスやヴェルヴェット・アンダーグラウンドが流れる少し昔のアメリカの香りもノスタルジックな、ミランダ流青春ストーリーだ。