『この闇と光』 服部まゆみ
エマ・ドナヒューの『部屋』。
角田光代の『八日目の蝉」。
どちらも、映画化ドラマ化されたものも合わせて素晴らしい作品だ(私は『八日目の蝉』はNHKで放映されたドラマ版が好きだ)。さらわれて戻ってきた子供という題材は、作家を刺激するのだろう。
だが本書で著者が創り出した物語は、その分野の中でもなかなかにユニークなものなのではないだろうか。
難しいことは考えず、巧みに紡がれた物語に翻弄される楽しみがここにある。
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レイアは盲目の姫君だ。
目は見えないが、父王に優しく世話をされ、本の朗読を聴いたり音楽を聴いたり、庭でピクニックをしたりして暮らしている。
おとぎ話のような世界。だがそこには、どことない怪しさ、何か騙されているような雰囲気が常に漂っている。
レイアは、母は死んでしまったと聞かされている。死んでしまってもう会えないと。
そしてレイアの王国は、外国の支配下に置かれており、彼女と父王は、離宮に監禁されているのだという。
父王は、しばしば「城下」へ出かける。時には「国の外れ」まで出かけて長時間戻らないこともある。
レイアと王の他にこの離宮にいるのは、レイアの身の回りの世話をするダフネという女性と、階下にいる兵士達だけ。
ダフネは王のいない時にレイアに暴力をふるい、「死にたいの?」、「死ねばいいのに」などと恐ろしいことを言う。
外国語を話す兵士がいる階下には、決して下りてはいけないとレイアは言われている。
レイアは、自分の部屋と小さな庭という閉じた世界の中で幾度もの誕生日を迎え、成長していく。
だが、そのうちに父王がどこか悩みを抱えた様子を感じさせるようになり、国外れまで出かける頻度も増えていき、そしてとうとう、、、。
目も見えない。
生活に制限も多い。
ダフネも恐ろしい。
だがレイアには「おとうさま」がいる。
字を教えて、物語を読んでくれる父。いつも優しく、穏やかな声で話す、大好きな父。
小さな世界での、レイア姫の穏やかな、美しい毎日。
これは偽りだ、このまま続くはずのない、続くべきではない生活だ、ということは読みながら何となく分かりつつ、この世界魅力的、、と心の片隅で感じてしまう魔力が、レイアの生活にはある。
「おとうさま」の創り出した耽美な世界が突然終わりを告げ、現実の世界で生き直すことになったレイア姫は、どのようにその現実と折り合いをつけていくのか。
それすら現実とも虚構ともつかないラストは、うすら寒く、そら恐ろしくもあるのだが、レイア姫の世界に図らずも憧憬を抱いてしまった読み手にとっては、ある意味理想的な結末と言えるかもしれない。
ゆっくりと丁寧に描かれるレイアの閉じた世界での年月も、その後の現実世界での出来事も、最後の鳥肌の立つような展開も、良い分量で、良い内容で配置されていると感じた。
一点言うとするなら、作者がご本人としてどうしても書きたかったのだろうか、ある業種の職業人に関する記述が、この物語世界ではやや異質に浮いてしまっているように感じられた事だろうか。
とはいえ最初から最後までとても面白く読んだことに変わりはない。
森茉莉の小説が好きな方、ラファエル前派やエロール・ル・カインの耽美な世界に魅かれる方にもおすすめの一冊だ。