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小説ショート「時間」

ずっとこの時を待っていたと思った

俺は永い時間を終える為に今まで過ごしてきたのかと

潮の音が聞こえる

都会の喧騒から離れ、暫く運転してようやくたどり着いたこの海浜公園

俺は誰にも言わず、出来るだけひっそりとここまで来た

携帯に何度も着信があった、恐らく彼女のマミからだろう

彼女とは知り合ってまだ間もない

所謂マッチングアプリというもので彼女と初めてメッセージを送って知り合ったのは10カ月ほど前

初めて会って、お互い好きな絵画展を観に行って、食事をして、何度かお茶をして、綺麗な夜景を眺めながらディナーを食べて、そして告白をした

それが数か月前、お互いに仕事柄プライベートの時間をあまり共有できないながらも、少しでも彼女と一緒にいる時間を守ってきた

そう俺は努めて、優先して、2人で居る時間を選んだつもりだった

まぁ正直なところだが彼女のいなかった期間、俺はいつも1人暇つぶしの為に、美術館に行ったり、写真を撮るために遠出したり、図書館に行ったり、これはその時間をマミとの時間に置き換えただけだ

少し今の説明で分かりにくかったか?

俺はマミが「いなかった時間」をマミと「過ごす時間」に
置き換えるという作業に変えただけ

彼女と出歩く、彼女と手をつなぐ、抱きしめ合う、セックスする、別れの時間までモーニングを食べながら次何処へ行きたいかを話し合う

そんなことが俺の時間の中でいつも「1人で過ごした時間」の代わりに「マミと過ごした時間」に変換するということだ

俺は友人が特に多くも、社交的な性格でもない。マミも似たようなものだった。俺はこの時間に対してどう過ごすかということを考えた

しかしマミは俺との時間を「リラックスタイム」といった
彼女がストレスフルな営業事務員として職場の重圧に耐えながらも働く中である種の癒しの時間なのだろう

俺も似たようなものだ、ただおれはフリーランスでフレキシブルな時間で働いてる

寝れない日々も過ごすが、時には何の予定もなく目的もない日々を過ごすときもある

正直にいうとマミを揶揄するわけではないが、俺にとってマミのような生活や環境はとても耐えられない、心が壊れてしまうのではないかと思う
マミはさっきのように社交的でも世渡り上手でもない、それでも必死に彼女は生活を守り俺と会う時間を作っている、なぜそこまで無理をするのだろうか

一度マミに「無理してないか?一応彼氏なんだし、出来る限り何かしてあげたい」といった
そうするとマミに「・・・多分わかんないけど、私は私で覚悟決めて生きてるの、言葉をかけてくれて嬉しいけど、負担になりたくないから」
とはっきりと釘を刺された

女というものは言葉よりも、行動で示せと、歳離れた兄に言われたように、色々なことをしたつもりだったが、いつまでも俺は彼女と俺の中にある時間の使い方ばかりを考えた

俺はこの海浜公園に来た、本当はマミと2人で映画を観に行ってそのまま俺の家に行く予定だった、その予定を俺は何も言わず中止にした

マミからの電話は鳴りやんでない

どれくらい海を見ていたのだろうか
俺は気がつけば波打ち際までたってボーと夜の水平線と白い月を見ていた

俺は若い、故に思慮が浅い、しかしこの時間の中で滝のように色々な考えが体中を巡った

俺は生きていても仕方ないのでは

今更何故そう思ったのだろうか、母が去年亡くなり、しばらくしてから父が精神病にかかり、兄は親父の面倒を見ると言っている、俺には負担はかからないと

仕事は好きだったCGデザインと好きでもない広告デザインをどちらも手掛けていて、食っていけるくらいに稼げる

年金も払っているし、貯金もある、別に金がかかる趣味もしていないし、かといって無趣味じゃなく好きなところに行って美しいものを見たり写真を撮ったりする

そして彼女もいる

普通は十二分なはずだろ、なぜ生きていてこれほどまでに、無意味な「時間」を過ごしていると思うのだろうか

なぜ俺は心の底からこの人生を楽しめる「時間」を周りの人の様に味わえないのだろうか

そしてなぜ彼女との「時間」に俺は虚しさを覚えだしたのだろうか

全てにおいて責任は俺だ

兄貴は俺の代わりに全てを背負ってくれてる

仕事はクライアントが厳しいが仕事をくれるだけありがたい

彼女は俺が良く話す「時間」の概念をきちんと聞いてくれた

だが・・・俺はただ1人で死を待つこの「時間」に耐えきれそうもない

俺が社交的だったら?俺が家族の為に何かをしてあげたら?俺が彼女の愛を受け止めることに意義を見いだせたら?

なぜ?俺はそれができない?

答えは一向に収束に向かわない

大きな月と漠然と広がる海がずっと俺の存在の無意味さを突きつけるだけだ




何時間かたったのだろうか

「ヒロヤ!!!!」

背中から急に怒鳴られたからビックリした

「なんで!!!電話に出ないの!!?それになんで!こんなところにいるの!!??こんなとこまで来ちゃダメじゃない!!!?」

マミだった

「マミか・・・・・・・悪い」

「悪い?!そんなことじゃないよ!!本当に心配したから!?なんでよりにもよってヒロくんもこんな所に来てるの?!」

・・・そうだったこの海浜公園は

「あたしが前に行ったよね!どうしようもなくなって死にたいと思ったって!その時にこの海浜公園に行ったって!!!
その時にヒロくんがメールをしてくれた!どこか行きたいとことかありますか?って、それで私は・・・このまま死ぬなんて悔しいからヒロくんに会ってから死ぬのを考えようと思ったって・・・」

「そう・・・だった・・・な」

「だからって・・・ヒロくんまで来ないでよ!!!ここに!!!・・・わかるけどさ・・・ヒロくんのお母さんが亡くなって傷ついて、家に戻るとお父さんが病気でヒロくんに酷いこと言ったて・・・お兄さんもヒロくんに対してずっと家族とも何とも思ってないて・・・仕事相手の人もヒロくんの事を時々人とも思わないような扱いをする・・・フリーランスだからってバカにして・・・それからヒロくん心の病気になったって・・・私は分かるよ・・・ヒロくんがずっとずっと苦しんでいる事!!!」

「・・・・俺は・・・マミの・・・なに?」

「え!?」

「てかさ・・・俺は本当にマミのリラックスタイムなのか?そもそも俺はこの世界にとっての役割はなんだ?何も役割がないこの俺が生きているこの時間は何のためにあるのかわかる?」

「・・・・ちがうよ!!リラックスタイムなのは私もヒロくんにとってそんな存在になりたいから!!!ヒロくんはもうなにも・・・なにも背負わなくてもいいのに、勝手に1人で背負って傷をつけるだけじゃない!!!」

「・・・・・・俺は知りたいだけだ、俺のこの時間が何を生むのか、何の意味があるのか」

「・・・ヒロくんは・・・優しいよ・・・ずっと・・・でも本当に、本当に臆病だから無理にでも時間を誰かに・・・なにかに・・・使わないと否定されると思っているだけ・・・」

「・・・・そう・・・・否定だね・・・・」

「ねぇヒロくん・・・・正直に言うと・・・私はここ数か月前に彼女になったけど、ヒロくんが愛を受け止められない人て、ちょっと前から分かってたよ・・・いや違う・・・本当はこの私を受け入れて、そして前に進んでいく選択肢を選ぶことが怖いんだよね・・・」

「・・・俺が・・・前に進むことが・・・?」

「だってさ、本当は時間なんて気がついたら過ぎているものだもの・・・でもヒロくんは時間ばかりを追いかけて、どう過ごすかばかりかを追いかけて・・・目の前の私から・・・そして心を壊してでも生きていることから・・・」

「俺はべつに・・・壊れたくて生きてるわけじゃ」

「そうだよね・・・・誰も壊れた時間で生きたくないもん・・・・でもヒロくんはずっと心に蓋してるよ・・・何もかもを感じて時間を忘れて生きることが私たちだって・・・時間は場合によってはみんな同じように流れるわけがないってことを・・・」

「・・・・」

「ねぇ・・・私はヒロくんの事を全部分かったなんて言えない・・・でも・・・でも・・・少しで良いから私にあなたの時間を預けてくれないかな・・・私はあなたに私の時間を預けるから・・・それでもあなたが心から何も感じなかったら・・・私以外の人があなたの時間を分かち合うことが出来るかもしれないじゃない・・・」

「・・・そんな勝手な事」

「・・・・勝手じゃない・・・それを言うならみんな勝手だよ・・・勝手気ままに生きてるんだ、みんな・・・だからヒロくんも自分の時間をもっと自分勝手に使って・・・私にかまう事なくても時には構わないから・・・でも・・・私はヒロくんがいない時間が・・・寂しいよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・わかったよ」

「うん・・・・・・・戻ろ・・・・あたしさ・・・ここにもういたくないんだ・・・10か月前にここで一度私の時間は止まったから・・・だけどもう今は新しい時間がはじまってる・・・だから・・・ヒロくんもあたしと一緒にまた始めようよ・・・」

「・・・・マミ・・・・・俺はお前と一緒にいてもいいのか・・・」

「うん・・・・・・・・今日の映画はつまんなそうだったしさ」

「そうか・・・・・・・でもまだ今日が終わるまで時間あるよな・・・・」

「・・・・・・ううん・・・今日だけじゃなくて、まだまだ時間はあるよ・・・私たちが思うより素敵な時間が」

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