2023年4月4日　 ⑭離婚事由　眠れる夜を迎える為に

その心療内科は駅から歩いてすぐの
便利な立地にあった。ビルの一階は
飲食店になっていて食事を取る為に
足早に店内に入るワイシャツ姿の
サラリーマンや大きなリュックを
背負った部活帰りの高校生を見か
けた、彼らはこのビルの上に
心療内科がある事をたぶん
知らないのだろうなと思った。

入口に停めてあった折り畳み
自転車の脇をすり抜け薄暗く
狭いエレベーターホールで
三階のボタンを押す。

院内へ入る為の入口のドアが自動で開く。
ブラウンを基調とした落ち着きある
室内で最近開業した事は置かれている
真新しいマガジンラックやその他の
調度品を見ても明確であった。
私は受付の女性に初診である事を告げる。

問診表と共に手渡された用紙を
見ながら機械的に手を動かす。
項目がいくつもあって今の自分の
症状がいつからのものなのか、
いつ酷くなるのか、記入していく。
書いてある質問内容だけが普段
風邪などで受診する内科のものと違う。

院内の椅子は間隔を保って置かれて
いて、患者同士が顔を合わせない
ような配置になっていた。窓からは
周囲に立ち並ぶビルが見えた。

初めてという事もあり、緊張は
少しあったが職場の先輩に言われた
言葉を思い出す。
「心の風邪をひいたと思って
　構えないで受診すればいいよ」
優しい先輩の笑顔を思い出す。
先輩は今、どうしているの
だろうか、ふと考える。
「仕事を休んで美味しいものでも
食べに遠出のドライブに出かける」
と話していたのを思い出す。
先輩の家庭は人が羨むような
仲良し夫婦で食事を共にする
時に会話や相談を頻繁に交わすと
話していた。うちとは真逆だ。
主人は基本、話題をふっても
返事しかしない、しかも不機嫌
な事がいつも多かった。私は
いつしか食事すら一緒にするのが
苦痛となっていた。食事時間が
重なる日があったとしても私は
まだ片付けが少し残っている事を告げ、
先に食事を取ってもらうよう促して
いた。主人が大きな音で食器を片す
事も好きでは無かった。

ぼんやりと院内の待合室で外を
眺めていると男性の声で名前を
呼ばれ診察室へ入る。
幅広の大きなデスクににこれまた
トレーダーか？と思わせるくらいの
大きなモニターがあり、
医師は手元のキーボードで私が書いた
書類とにらめっこしながら何か打ち
込んでいる。一通り打ち終えると
顔をあげる。「お待たせして
すいません、初めまして。」と
挨拶をされた。50代後半かなと
思わせる男性医師の表情は軸が
ぶれない考えを持っていそうな
ハッキリとした目鼻立ちであった。

「症状はいつからですか？」
「原因は思い当たりますか？」
など当たり障りない程度の質問を交わす。
質問が核心に近付いてくる。
「息子さんもいて、ご主人と離婚される
のはどうしてなんですか？」
医師にそう聞かれ、私はモラハラが
常習化している事を告げる。
そして主人の存在が怖く、同じ家に
いるが接触を避ける為に様々な
方法を取って生活している事を
告げる。眠れない事がとても
キツイと話す。

離婚を考えているので
離婚問題やモラハラについても
掘り下げて調べたい気持ちは
あるのだが、睡眠不足で頭が
回らない事、長い時間家事が
出来ない事、物忘れ物をして
しまう事、動悸やめまいがする事。
話せるだけ不調な事や
現状について伝える。
過去のＤＶについてだけは
初回な事もあり、話せずに終わる。

話しやすいとまでは
言わないが淡々としている
医師に好感が持てた事が
何よりだった。それと薬の
処方に関しての説明が
ひときわ丁寧だった事も
安心感を抱かせた。

調剤薬局を出て七日分の薬を
手にした。帰り道で協力者の方から
電話の着信があった事に気付く。
未読になっていたラインを読む。
「まだ仕事なんだけど少しなら
話せるから時間とれないかな？」
普段なら仕事で忙しいと聞いて
いた時間だったのでメッセージ
を見て、すぐに返信をする。

既読になるまでが早かった。
人生で一番酷いＤＶを受けた事を
告白したラインを送って
からの連絡で直接会話するのは
久し振りであった。

電話口からの第一声は
「急に連絡してごめんね、
　ライン読ませてもらったよ」であった。

【離婚事由⑮】につづく☟

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