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【ゆっくり学ぶシルバーバーチの霊訓】20

人生は全て比較対象の中で展開しております。光も闇もともに神を理解するうえでの大切な要素です。もし光と闇とが存在しなければ、光は光でなくなり闇は闇でなくなります。つまり光があるから闇があり、闇があるから光があるのです。同じく昼と夜がなければ昼は昼でなくなり夜は夜でなくなります。

愛と憎しみがなければ愛は愛でなくなり憎しみが憎しみでなくなります。その違いが分かるのは相対的だからです。しかし実は両者は一本の棒の両端にすぎないのです。元は一つなのです。しかしその一つを理解するには両端を見なければならないのです。

それが人生です。光と闇の両方がなければなりません。温かさと寒さの両方がなければなりません。喜びと悲しみの両方がなければなりません。自我を悟るにはこうしたさまざまな経験が必要です。

 〝完全〟は絶対に成就出来ません。なぜなら、それには〝永遠〟の時が必要だからです。私は謎めいたことを言っているのではありません。要するに完成へ向けての絶え間ない過程において、一歩前進すればそのまた一歩先が見えてくるということです。

知識と同じで、知れば知るほど知らなければならないことがあることを自覚するものです。知識にはこれでおしまいというものはありません。叡知にも真理にも理解にも霊的悟りにも、おしまいというものはありません。なぜなら、それらは全て無限なる神の一部だからです。

 地上生活に何一つ怖いものはありません。取り越し苦労は大敵です。生命力を枯渇させ、霊性の発現を妨げます。不安の念を追い払いなさい。真実の愛は恐れることを知りません。その愛が宇宙を支配しているのです。そこに恐怖心の入る余地はないのです。

それは無知の産物に他なりません。つまり知らないから怖がるのです。ですから知識を携えて霊的理解の中に生きることです。取り越し苦労の絶えない人は心のどこかにその無知という名の暗闇があることを示しています。そこから恐怖心が湧くのです。

人間が恐るべきものは恐怖心それ自体です。恐怖心は闇の産物です。霊力に不動の信念をもつ魂は恐れることを知りません。

 あなた方の〝呼吸する〟というなんでもない動作一つでも、それを可能にしているのは、宇宙を創造し惑星や恒星の運行を司り、太陽に無尽蔵のエネルギーを与え、大海の干満を司り、あらゆる植物の種子に芽を出させ、地上に千変万化の彩りを添えさせているところの根源的生命力と同じものです。

その力はかつて一度たりとも働きを狂わせたことはありません。海の干満が止まったことが一度でもあったでしょうか。地球が回転を止めたことがあったでしょうか。自然法則が機能しなかったことがあったでしょうか。

 物質界は生活の一側面にすぎません。あなたの生活の全体ではないのです。人間の多くが悩みが絶えないのは、無意識の内に物質の世界にのみ生きていると思い込んでいるからです。本当はあなた方と私とは同じ宇宙の中に存在するのです。

霊界と地上とが水も漏らさぬように区別されているのではありません。互いに融合し合い調和し合っています。死ぬということは物的身体による認識をやめて霊的身体によって魂の別の側面を表現し始めるということに過ぎません。

シルバーバーチの霊訓(一)潮文社刊
アン・ドゥーリー編
近藤千雄訳

私たちの住むこの地上世界を含んで、次に進むサイキカル界、ノエティカル界(幽界、霊界)までを分離の世界と言います。

分離の世界では、二元性に基づいて私たちは物事の本質を学びます。

明と暗。生と死。希望と絶望。

物事を比較して、あらゆる角度から観察して物事に対する理解が生まれます。

いつも言っている事ですが、苦しみがあるから平和のありがたさが分かります。深く悲しんだ分だけ、喜びとは何かを理解できる素地が生まれるのです。

真理を学んでいけば、例えばシルバーバーチの言葉ひとつでも受け取り方が人によって全く違う事が分かります。それは、人それぞれの理解力の差があるからです。

繰り返し真理を学ぶことによって理解力は深まっていき、より深い理解が得られるようになります。

この理解力を得る事の重大性を、是非ともご理解ください。私たちを通して流れる霊力は、真理に対する理解力に比例するのです。より深い理解があって、なおかつ人格的に成長している事が霊力の流入の量を決めるのです。

そして、心の中に恐怖や不安がないことも大切な要因です。霊力が流れる良い通路であるためには、人格を磨き、真理をよく学び、神と人のために尽くすこと。そして、自分をコントロールする事が必要なのです。

死は怖く、悲しいものであるという認識は真理を学んだのなら改めなければいけません。

苦痛と束縛からの解放であり、より性能の良い身体を使って自己を表現できるようになるのです。恐れることなど何もありません。

生きているうちに真理を学ぶ事のできる人は本当に幸福だと思います。死後置かれる環境が、具体的な知識を持たない人とは全く異なっているからです。

正しい知識を学び、天に宝を積むことに努めることです。地上を去った暁にはきっと大いに報いがあるでしょう。

それでは、今日はここまでとします。

Capella✝️


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