マシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」を見て、面白いと思った表現方法について
古典ばかり上演される日本バレエ界において、マシュー・ボーンの作品はとにかく「斬新」です 。あまりに革新的で衝撃を受け、気がついたらなんと7回も見に行ってました。今回は「ロミオ+ジュリエット」を見て面白いと思った、マシュー・ボーンならではの表現について見解を述べていこうと思います。
ちなみに既に書いた感想2本はこちらです😊
①様々なアプローチで感情の表現をしていたこと
ダンスは一種の表現であるため、ダンサー達は踊ることだけでなく、言葉を使わずに観客に物語を伝える演技力も求められます。マシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」ではダンサーの表情だけでなく、動きの緩急を激しく使ったり、主演の周りで別のダンサー達を踊らせることにより登場人物の感情を豊かに表現していたことが印象的でした。
特に印象に残ったのは、ロミオやジュリエットの心が大きく動いた時の表現方法と、登場人物の精神が壊れていく様の表現です。
まず、ロミオとジュリエットの心に大きな動きがあったときの表現方法がとても素敵でした。
具体的にいうとこの作品では激しく力強い動きが多いですが、ロミオとジュリエットがパーティで出会って恋に落ちるシーンでは、中心で踊っている2人が周りにリフトされながらスローモーションのように動き、ゆっくりした音楽の中で戸惑っているような彼らの表情から恋に落ちる様子や心のざわめきを感じさせられました。
バルコニーデュエットはジュリエットがロミオを押しながら一緒に走ったり、ロミオがジュリエットを正面から持ち上げてジュリエットの体の向きとは逆方向に走る振付がありますが、この動きは知らないうちに恋に引き寄せられていく様子、強烈に恋の方向に引き寄せられて行く様子が表現されているのかもしれないと思いました。
2幕でジュリエットが勾留されているロミオを助けようと決心するシーンでは、音楽の盛り上がりと共に数名のダンサーが出てきます。ロミオは涙を流しながらジュリエットを思い、ジュリエットもロミオを思い、救出を決意します。
主役2人の表情だけでなく、周りのダンサーが2人の幸せの絶頂であったバルコニーデュエットの動きを踊りながら、ロミオとジュリエットがお互いのことを考えていることを観客に伝えるのです。
最後のシーンでティボルトの幻影に追われているジュリエットが混乱する様も周りのダンサー達が激しく動くことによって表現されています。ジュリエット自身もティボルトから逃げようと走り回っていますが彼女が泣き叫ぶ様子だけではなく、周りのダンサー達が怒りに満ちた表情でグルグル回りながら彼女の心の混乱を視覚的に表現しており、非常にわかりやすく面白い表現方法だと思いました。
登場人物達の精神が壊れていく様子の表現も秀逸でした。この作品に出てくる登場人物は矯正のために隔離施設に入れられた若者達という設定でもあるので、全員何かしらメンタルに問題を抱えています。例えば悪役であるティボルトはバルーンパーティのシーンで頭を抑えて苦しみ始め、その後も頭を抑えながら身悶えする描写が何度も出て来ます。ティボルトは悪役でもありながら、心に葛藤を抱え苦しんでいる存在でもあります。
マシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」ではマキューシオはゲイという設定であり、バルサザーという男性の恋人がいます。マキューシオ亡き後、バルサザーが茫然自失となりながら踊るソロがありますが、このソロでは悲しみを全面に押し出すダンサーもいれば、マキューシオの幻影を求めて踊り彷徨っていることを伝えようとしているダンサーもおり、愛する人を失って悲しみのあまり苦しすぎておかしくなってしまったバルサザー像を感じました。
「ロミオ+ジュリエット」で一番メンタルが崩壊してしまうのは、間違いなくティボルトの幻影に苦しむジュリエットですが、こちらも泣き叫びながら逃げ惑ったり、怒りに震えて幻影から逃げ回ったり、強いはずのジュリエットの精神が壊れていく表現があまりにリアルで見ていて震えました。
上述したバルサザーのソロでも、バルサザーが踊っている際に周りが不思議な動きを繰り広げており、周りのルームメイト達も精神崩壊してしまったことだけでなく、それと同時にバルサザーの苦しみと混乱が表現されていました。
②客席との一体感を作っていたこと
通常の作品はダンサー達が踊るステージと、私たち観客の座席には物理的に線引きがあります。あくまでも物語はステージの上で繰り広げられており、私たちは現実世界の観客席からステージの物語を見るという構造です。
しかしマシュー・ボーン「ロミオ+ジュリエット」ではミラーボールや懐中電灯、そして休憩時間の演出などをうまく使いながら、客席との一体感を作っており、こんな演出は初めて見たのでとても印象に残りました。
たとえばロミオとジュリエットが恋に落ちるパーティーのシーンでは、天井からミラーボールが吊るされているのですが、このミラーボールの反射は客席にもちろん届くため、私たちもパーティに一緒に参加しているように感じさせてくれます。
また、警備員が2人を探すときなどは観客席に懐中電灯を向け見つからないかドキドキさせてくれるだけでなく、恋に落ちた2人を周りが祝福するシーンは懐中電灯を教会のロウソクのように使って儀式的に見せたりするなど、照明の使い方がとても面白かったです。
休憩時間は20分あったのですが、10分過ぎた辺りから幕が上がり、私たちは普通に動いているのですがダンサー達は茫然自失となって精神的におかしくなってしまった様子を表現しており、観客を精神病患者を見る精神科医のような気持ちにさせてくれます。
舞台というとダンサー達がいれば成立するように思えますが、マシュー・ボーンはそれを見にくる観客のことも大事にし、観客も物語に参加しているように思って欲しいのかもしれないと感じました。
③現実社会の問題を芸術作品に仕上げたこと
バレエの世界は基本的にはおとぎ話の世界ですが、マシュー・ボーン「ロミオ+ジュリエット」は内容の全てがリアルに起きている社会問題そのものです。登場人物達も私たちの身の回りに普通にいそうな、等身大の悩める若者達です。
日本は非常に平和な国ですが、メンタルヘルス、暴力、性的虐待、マイノリティへの差別という問題は世界中で問題になっています。これだけの内容をバレエに組み込めたのは普段からマシュー・ボーンが社会問題に関心を持っており、幅広い視点を持っているからだと思います。私たちが日常で直視したくない現実社会の問題点を舞台芸術として成り立たせるマシュー・ボーンの手腕に心から賛辞を送りたいです。
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