【追悼】ウラジーミル・シクリャーロフ、バレエ感想「愛の伝説」2015年マリインスキーバレエ団
2024年11月16日、全世界のバレエ界を揺るがす悲しい事故が起こってしまいました。マリインスキーバレエ団で長年大人気プリンシパルとして活躍したウラジーミル・シクリャーロフが、自宅の5階から転落するという悲劇的な事故によって死去されました。
シクリャーロフと同時期にワガノワバレエ学校で学ばれた谷桃子バレエ団プリンシパルの三木雄馬さんがロシア語の記事を共有してくださっているので、こちらにURLを貼らせていただきます。死因については色々と憶測が飛び交っておりますが、マリインスキー劇場公式も事故死と発表しており、ロシア語が分かる三木さんも該当の記事を添付されているので事故死なのでしょう。
悲劇的な事故で偉大なバレエダンサーが逝去されたことは実に胸が痛みます。どうか安らかに…。Царствие небесное.Вечная память.
ウラジーミル・シクリャーロフについて
1985年にロシア・サンクトペテルブルグで生まれたシクリャーロフはワガノワバレエ学校を卒業後、2003年にマリインスキーバレエ団に入団し、2011年にはプリンシパル(トップダンサー)に昇格しています。バレエ学校時代はヴィクトリア・テリョーシキナ、アリーナ・ソーモワ、エフゲニア・オブラスツォーワと同世代で、彼女達とのパートナーシップはプロになってからも続き、何度も素晴らしい舞台を見せてくれました。
プライベートでは現在マリインスキーバレエ団のファースト・ソリストとして活躍するマリア・シリンキナと結婚し、2人の子どもがいます。シクリャーロフとシリンキナ夫妻は1年だけゼレンスキーが率いていたミュンヘンのバイエルン州立バレエ団で踊りましたが、その後はロシアに戻って再びマリインスキーで踊っていました。
抜群のテクニックと天性の華を持つシクリャーロフは世界中で大人気のダンサーでした。これからの活躍も期待されていたため、今回の事故死は非常に心が痛みます。
バレエ感想「愛の伝説」2015年マリインスキーバレエ団来日公演
シクリャーロフは日本でも大人気なので何回も来日していますが、私が見れたのは2015年マリインスキーバレエ団来日公演「愛の伝説」ただ1回でした。
グリゴローヴィチの「愛の伝説」は主役が4人おり、シクリャーロフが演じたフェルハドは宮廷画家の役です。壁画を描くようなシーンで登場するのですが、登場した瞬間に彼が持つ天性の華やかさと明るさで舞台がパッと明るくなったように思え、思わず拍手してしまったことを覚えています。ジャンプが多く、シリアスなシーンと明るいシーンが交互に来るような難しい演目ですが全てを難なくこなし、姉妹どちらからも愛される素敵なキャラクターをよく表現していました。ワガノワ仕込みの優雅な美しさだけでなく、どんなに大きく動くシーンでもジャンプ力やパワーが落ちない様子に感動した記憶があります。
以前別の記事で少しだけ記載したことがありますが、実はこの公演の最後の最後でシクリャーロフは足を怪我してしまい、ケンケンしながら舞台袖にはけてしまいました。動きがおかしかった上に、かなり終盤だったのでこのままフェルハド無しで舞台が終わるかと思っていましたが、最後のフェルハドの見せ場のところでノーメイクのアンドレイ・エルマコフ(同役の別日キャスト)が掛け声と共に登場し、舞台は大盛り上がりでした。
シクリャーロフは最後のカーテンコールにも衣装で現れ、深々とお辞儀をしていたのが印象的でした。後日ダンスマガジン等のインタビューで読んだらあの短時間で代役が出てきたことに、主演のテリョーキシナもシリンキナも驚いていたみたいです。
この公演はかなり印象的な舞台で、妹の治癒のために美貌を失うヴィクトリア・テリョーシキナは踊りも演技も素晴らしく、女性の悲しみが客席まで伝わってきて、明るいイメージの彼女がここまで悲しげな演技を見せてくれるのかと驚いた記憶があります。
マリア・シリンキナ演じたメフメネ・バヌーの妹シリンは小柄でピュアで、シリンに求められる素質を全て兼ね備えた可憐なダンサーだったことが印象に残っています。
実はこの公演で大ファンになったのがメフメネ・バヌーを慕う大臣役のコンスタンチン・ズヴェレフで、彼も素晴らしかった!冷たくあしらわれて全く相手にされていなくても、必死で彼女に情熱を伝える演技は見ていてこちらまで胸が痛くなりましたし、見せ場の回転シーンでは大臣の格の高さをこれでもかと伝えているようで、客席からも拍手が起きていたことを覚えています。素晴らしかった。
他にも確か1幕の黄金の像役はナデジダ・ゴンチャーが演じていたと思うのですが、Youtube等で見るよりも存在感があって、上手いなぁと思った記憶があります。
あとシリンの3人の友人役に、大好きなクセニア・オストレイコフスカヤと石井久美子さんが出演していました。私は最初真ん中のクセニアに釘付けだったのですが、その横にめっちゃニコニコで楽しそうに踊っているバレリーナがいて、よく見たいら石井さんで、見ているこちらまで嬉しい気分になったことを覚えています。
そういえば休憩時間中にユーリ・ファテーエフ監督を見つけて思い切って話しかけ、写真を撮ってもらった記憶があります。英語もロシア語も自由自在に操り、世界中のバレエ団との太いパイプを持つファテーエフは私にとって憧れでした。緊張して「いつもMariinsky TV見てます」くらいしか言えませんでしたが、いい思い出です。ちなみに別日には確かゲルギエフも客席にいたという話があり、マリインスキー公演は出演者も客席も豪華なんだなと思った記憶があります。
2015年はマリインスキーの名花であるウリアーナ・ロパートキナがまだ現役として踊っており、当時私はロパートキナやシャプランが好きだったので、本当は彼女達の舞台を見たいと思っていました。ですが当時はお金も有給も無く現実的に1公演しか見れない状況で、ロパートキナが出演する「愛の伝説」か「白鳥の湖」はどちらのチケットを買うか悩んでいました。
たまたま母にその話をしたところ、母がロシアにいた時に「愛の伝説」を見たと言う話を聞き、衣装がエロティックだったという話や、顔をヴェールで覆って悲しそうに踊っていて可哀想だっという話に興味を持ちました。母がロシアにいたのはソ連時代なので、数十年経っても印象に残っているような作品をぜひこの目で見たいと思い、見にいく演目を「愛の伝説」に絞った記憶があります。
とは言え上述したように当時は有給がなかったので平日公演は厳しく、「ロパートキナが見れないのは残念だけどテリョーシキナが見れればいいか」と消去法的に選んだ舞台で主役の1人であるフェルハドを踊っていたのがシクリャーロフでした。
好きな演目やお目当てのキャストがいるから選んだと言うよりも、お金と有給と家族での思い出の共有を優先して消去法的に選んだ「愛の伝説」は非常に心に迫ってくる舞台で、マリインスキー来日公演はその1回のみしか行けなかったけれど、今でも記憶に鮮明に残っています。
まさか「愛の伝説」がシクリャーロフを見れた最初で最後になるとは思わなかったです。素晴らしい踊りで世界中に希望をもたらしてくれた彼の事故死は残念でなりません。今まで本当にありがとうございました。どうか安らかに…。Царство небесное, вечный покой.