バレエ感想:ネザーランドダンスシアター(NDT1)日本公演2024
2024年7月6日に神奈川県民ホールで行われたNDT1の来日公演を見に行きました。NDT(Netherlands Dans Theater/ネザーランドダンスシアター)はオランダを拠点として最先端のコンテンポラリーダンスを制作/上演するかなり勢いのあるカンパニーです。恥ずかしながらNDTについてはキリアンがいた、現在NDT照明担当のチーフに日本人の久松さんがいらっしゃる、くらいの知識しか無く本当に未知の世界でした。
私が鑑賞した7/6回は「La Ruta」「I love you, ghosts」「Jakie」の3演目が上演されましたが、今回実際にNDT1の舞台を見てその身体表現の幅広さに驚いただけでなく、ダンス界における日本の現状と今後など色々と考えさせられることも多かったです。
"La Ruta"(ラ・ルータ/ガブリエラ・カリーソ振付)
上演された3作品はどれも振付家やダンサーの個性が溢れる面白い演目でした。
最初に披露された「La Ruta」はアルゼンチン出身のガブリエラ・カリーソによって振り付けされたホラー要素の強い作品で、本気で怖かったです。ちなみに「La Ruta」はスペイン語で「道」を意味するらしく、登場人物たちが道端のバス停でバスを待つシーンから始まるなど、道の上で物語が繰り広げられているのが印象的でした。
赤い着物に白粉を塗った顔の女性や、着物に歌舞伎メイクの男性、そして就活生風の女性やカッチリしたサラリーマン風の男性など、いかにも白人がイメージしそうな「日本」のイメージを纏った男女が出てきて、最初は日本公演だからわざと日本ぽいエスニック要素を出したのかと思いましたが、元々そういう振付だそうです。白人がイメージする日本らしさなんて実際こんなに極端なのかと思い非常に複雑な気持ちになりましたが、ダンスが本格的に始まると圧巻で全てが吹き飛びました。
演目の内容としては「死に向かって気が狂っていく様」を描いたようで、登場人物達がどんどん気が狂っておかしな動きをしていく様子は、本当に狂っている人を目の当たりにしているようで迫力がありました。この演目には動物の死体を模した剥製も出てくるので、そのリアルさにはギョッとしましたが、その心臓を埋め込まれた登場人物のダンサーが豹変するという内容で、心臓を埋め込まれたダンサーが狂っていく様が凄かったです。また途中で車に跳ねられて死を迎えた女性も必死に悶えながら天に召されていく様子が目に焼き付いています。他にも遠くから鳥が羽ばたいてくる様子をリアルな人形と、人が前屈みになりながら羽ばたきを表現しているように見えるシーンもあり、とても興味深かったです。
個人的には革ジャンを着ていたダンサーの(多分)Kele Robersonさんが印象に残っていて、全員狂ったような動きをしているのですが、どこか体を一生懸命最大限動かしている感が拭えませんでしたが、Keleさんだけは八方から糸で操られているかのような自分でコントロールし切れないような狂気を動きで表現されていて、とても印象に残りました。
"I love you, ghosts"(アイラブユー,ゴースト/マルコ・ゲッケ振付)
この作品は男女が黒パンツに黒レースのトップスという同じ衣装を着て踊っており、テンポが速い音楽で縦横無尽に動き回っていたのが印象的でした。
「NDTが長らく拠点としていた劇場にいた守り神たち(ゴースト)はどこへ行ったのだろうか」という発想がこの作品のコンセプトだそうで、言われてみれば黒い幕が張りめぐされているなど、劇場っぽい空間が作られていたようにも思います。正直9名のダンサーが劇場の守り神を演じていたのか、彼らを探す存在を演じていたかまでは判明できませんでしたが、冒険心あふれる面白い作品だと思いました。
手や腕を素早く動かす振付などは彼の振り付けによく頻出するらしく、また上半身裸で出てきたダンサーは胸筋も動かすなど非常に細かい振付が沢山あったみたいですが、私はゲッケ作品への知識が無さすぎたことが原因でその魅力を堪能し切れなかったのが後悔している点です。
今回真ん中で踊られていた刈谷円香さんは昨年バレエ・アステラスで「SOON」という作品を踊られているのを見たことがあります。その時も男女で全く同じ格好をし、自己の身体表現だけでなく、衣装や照明など色々な要素を使いながら格好良く踊っていたことが印象に残っています。
マルコ・ゲッケは色々な意味で有名な振付家ですが、私は昨年山本勝利さんの「Someone to watch over me」とフリーデマン・フォーゲル/レオノール・ボーラックによる「悪夢」の2作品しか見たことがなく、正直今まで見た作品と今回見た作品の雰囲気がだいぶ違うこともあり、色々な雰囲気の作品を造られる方なんだなと思いました。次回はもう少しゲッケ作品について勉強してから鑑賞できたらなと思います。
"Jakie"(ジャキー/シャロン・エイアール&ガイ・ベハール振付)
私のNDT関連の情報はほぼTwitter上での久松さん(ネザーランドダンスシアター(NDT)照明チーフ)から得ているのですが、Jakieについてはその久松さんがかなり推していたのでめちゃくちゃ楽しにみしていた作品です。
ちなみにこの作品は16名のダンサー達がヌードカラーのボディスーツに身を包み、つま先立ちで踊るのですが、幕が開いてビックリ!足元に設置されたフットライトのせいでつま先が全然見えませんでした😂
きっと暗闇から肉体が浮かび上がるような印象を作りたいからなのか、舞台前方に蛍光灯ベースのフットライトが置かれたのですが、つま先立ちが特徴のバレエなのにつま先が全く見えず、とても残念でした。
ですがダンサー達のエネルギーは凄く、クラブミュージックのような低音が聴いた音楽は非常にクセになりますし、ダンサー達の動きによって波動を生み出しているかのような揺さぶりを感じました。衣装も照明も最低限だからこそ、人の体の動きがより鮮明に浮かび上がっているように感じました。そのエネルギーは若さから来るだけでなく、筋力を振り絞って観客に重低音のビートを伝えようとしているようでもあり、とても見応えのある作品でした(だからこそフットライトの件が悔やまれます😭)
身体表現の極地を体現している、金儲けを超えた世界
NDTのダンサー達を見ながらふと、彼らはなぜこれだけの身体表現を追求できるのか考えてみました。
日本のダンス界は公的補助が少なく、ダンサー達は稼ぐことに必死になっている人が多い印象です。というか稼がないと生活出来ない人がほとんどでしょう。でもNDTのダンサー達の究極の身体表現を見ていると、稼ぐために踊っているのではなく、身体表現の極地を追求するために踊っているような印象を受けました。おそらくNDTをはじめ、ヨーロッパのバレエカンパニーは報酬や保証等がきちんとしており、ダンサー達が表現に集中できる環境が整っているのではと思います。
本来なら日本のダンス界もそうあるべきで、そのためにはダンサー達がお金のことを気にせずに踊りを追求していけるよう補助等を充実させていかないと厳しいよなと思いました。NDTのようにダンスや身体表現に集中できる環境があることは素晴らしいですし、NDTのダンサー達には今後もっとそれを追求していって欲しいと思いました。そしていつか日本にもそのような万全の環境ができればいいなと思いました。
どうすれば日本でNDTのような作品を上演出来るのだろうか
①ダンサーの育成
もし日本でNDTのような本格的なコンテンポラリーダンスを上演するならば、まず大前提としてNDTで踊られているような作品を踊りこなせるダンサーの育成は急務でしょう。正直に言うと「この人なら踊れそうだな」とバレエの確固たる基礎力と実力を持ったダンサーは数名思い浮かびます。例えば間違いなく二山治雄さんなら確実に作品を自分のものにしそうだなと思います。他にも、大川航矢さん、直塚美穂さんなど抜群の身体能力を持つ2人も確実に客席に大きなエネルギーを届けるでしょう。あと個人的にはベラルビ時代の「美女と野獣」が印象的だった渡邊峻郁さん、そしてリズム感抜群の森本亮介さんや、体の強さが印象的だった秋山瑛さんや東真帆さんとかも踊りこなしそうだと思いました。
とは言え、彼らのような高い実力を持つダンサーはそうそういないため、NDTのような本格的なコンテンポラリーを披露するには彼らクラスのダンサーが急務でしょう。ほんの少数のエリートだけでなく、もっと大勢がその実力にまで這い上がってこないと厳しいかと思います。
NDTには世界中からダンス界のエリートが集まってきています。日本にも実力が高いダンサーは数名いますが、現状では母数が少なすぎて大きな作品を上演することは厳しいかと思います。
もう少しハッキリ言うと日本でもコンテンポラリーを踊るダンサーは実は多いです。ただしその実態はバレエなどの基礎力もないダンサーのよく分からないクネクネした動きを見せられるだけで、観客にとっては非常退屈かつ苦痛と感じることが多いです。NDTのダンサーがこれだけ観客の心を揺さぶることができるのは、バレエやダンスの厳しい基礎訓練を積み重ね、その上で身体表現の極致を探求しているからだと思います。
だからもし日本でNDTのような本格的なカンパニーを作るなら、現在大手バレエ団でトップクラスの実力を持つようなダンサーが集まらないと、観客を集めるのは厳しいと思います。そのためにもそのような高い実力を持つダンサーの育成が急務でしょう。
②披露の場と財源の確保
2番目が披露の場と財源の確保ですが、披露の場についてはコンテンポラリーの人気が低い日本で、定期的に上演できるような舞台環境は急務だと思います。専用の劇場を持つとまではいかなくても、どこかの劇場で定期的に集客して踊りを見せる場が確実に必要でしょう。
日本では国立劇場をはじめ東京文化会館などの大劇場が相次いで改修のために閉鎖されることが決まっており、どこのバレエ団も劇場不足に悲鳴を上げています。しかしコンテンポラリーの良いところは、ダンスの内容によってはクラシックの古典のように大掛かりなセットを必要としないことだと思います。そう考えると小劇場や大きめのスペースなど、視野を広げれば披露の場は沢山作れるのではないかと思います。
そして最難関の財源の確保ですが、私はインバウンドとクールジャパンというハッキリ言って世の中の需要から完全にズレている2点を推し進めている政府がこのまま続けば、やり方によっては予算を引っ張れるのではないかと思います。日本はグローバル化を推し進めているので、「クールジャパンをアピールするために、日本に色々な国のダンサーを呼び込む。そして日本のクールさをアピールしてインバウンドを促進する」という理由とかダメですかね😂
結局補助金等を取れるかって、どれだけ趣旨を募集要項に沿わせられるかだと思うので、ここはやり方によっては案外取れるんじゃないかなと期待しています。まぁあくまでも私の妄想なので実際はこんなに簡単に行くわけないと思いますが、お役所はルールさえ逸脱してなければ案外申請が通ったりするので、ここは何らかのやり方でぜひ予算をぶん取っていって欲しいと思います。
おわりに
日本ではなかなかコンテンポラリーダンスが浸透しませんが今回NDT公演が完売した理由としては、一般観客に対しては招聘元の唐津絵理さんやNDTで照明チーフとして活躍されている久松夕香さんがNDTについて沢山の情報をSNSに出してくださっていたことも完売になった理由かなと思います。やはりいくら有名でも知らないジャンルに10,000円前後のお金を出す人は少ないと思います。ですが唐津さんや久松さんが「NDT良いですよ!」と言う情報を事前に流して下さったからこそ、一般観客も「彼らがオススメするなら良いものだろう」と考え、沢山のチケットが売れたのではないかと思います。
長々と書いてしまいましたが、日本にも素晴らしいダンサーは沢山いるので、いつかNDTのようなカンパニーが出来て欲しいと心から願いました。そして私は今回のNDT1公演を全部見れなかったので、いつか必ずオランダに行って沢山見たいです!