「No.25」「夜の画家」ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《妻に嘲笑されるヨブ》
こんにちは!かずさです!
本格的に暑くなってきて、活動的になる気持ちにもなれず、日中はほとんど涼しい部屋で過ごしています。
それに比べると夜は少し気温も下がって、気持ちよく過ごせるので良いですよね。読書をするにも夜の方がはかどる気がします。
今日は、そんな夜にまつわる画家の作品を紹介します。
作品紹介
今回の作品は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《妻に嘲笑されるヨブ》です。
1625年-1650年 油彩画 H145㎝× W97㎝ ヴォージュ県立美術館(フランス)
夜の闇の中、小さなロウソクの灯りで2人の男女が浮かび上がっています。男性の方は半裸で椅子のようなものに座っており、女性の方は右手にロウソクを持ち男性を上から見下ろしています。
2人は見つめ合っていますが、その表情は穏やかなものというよりは、少し険しいものです。2人の口元を見ると、ちょっとだけ開いていて、何か語り合っていることが分かります。
この作品は、(もちろん)肖像画ではなく、物語画のジャンルに入るものですが、背景が描かれておらず、人物だけがクローズアップされています。
『ヨブ記』
この作品は、旧約聖書の中に含まれる『ヨブ記』のエピソードをテーマとしたものです。
『ヨブ記』は紀元前5世紀から紀元前3世紀にパレスチナで成立したものだと考えられています。ヨブとは主人公の男性の名前で、今回の作品の男性がヨブです。物語の最初と最後の部分は散文調ですが、大半は韻文調となっています。
韻文調の部分の内容は、神の正義であったり、(ヨブの身に起きたことの要因だとヨブの友人が考えている)罪の話であったり…、抽象的な話と(ちょっと)具体的な話が入り混じっています。
なので、個々の議論について紹介するのは難しいのですが、全体的なテーマは「義人の苦難」となっています。「神に敬虔な『良い人』なはずなのに、なぜ不幸な目にあってしまうのか?」ということです。
今回の作品《妻に嘲笑されるヨブ》は、物語の冒頭部分、悪魔によってひどい皮膚病を患い、灰の中に座るヨブに、ヨブの妻が「そんな姿になってしまっても、まだ神のことを恨んだり呪ったりしないのか?」と馬鹿にするシーンになります。
現在、もし何か病気になったら病院に行ったり、薬を飲んだりと治療をすることが出来ます。しかし、当時はそのようなことは出来ず、主人公のヨブも相当な苦しみを味わったことが描写されています。
妻とのシーンの後に、ヨブと議論をすることになる3人が訪ねてくるのですが、全身皮膚病に侵されたヨブを見て彼だとは分からないくらいだったと書かれています。
イリヤ・レーピン《ヨブと彼の友》1869年 油彩画 H137㎝ ×W200㎝ ロシア美術館蔵(ロシア)
それだけでは無く、そのような大病に罹ることは「社会的な死」も意味していました。冒頭部分で、元々、たくさんの娘息子に囲まれ、たくさんの財産にも恵まれた人物とされているので、社会的な信用が無くなってしまったことは精神的にも苦しめられたのだと考えられます。
そのような状況の中にあって、悩みながらもヨブは神への信仰心を失いませんでした。物語の最後では、神との対話の後、病が癒え、知人や家族も戻り、信用や財産も元通り以上のものになりました。ヨブは、140歳まで生きて(旧約聖書の登場人物はたびたびとても長命です)、彼の四代あとまで見届けることが出来ました。
今回の作品では、ヨブは妻に馬鹿にされながらも、その表情は決して卑屈になることなく、真っ直ぐ妻を見据えています。ロウソクのみの小さな灯りですが、静謐な中で浮かび上がる様子は、どんな困難な状況になっても変わらないヨブの精神性や忍耐心を表現しているようです。
「夜の画家」ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
《妻に嘲笑されるヨブ》の画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)は、フランスのロレーヌ地方で活躍しました。夜とも思われる、暗い場面設定の絵画を得意としたことから「夜の画家」とも呼ばれています。
生前は、ブルボン家のルイ13世の国王付画家の称号を得るなど名声を高めましたが、ラ・トゥールの死後、彼の作風とは全く異なるロココ美術が隆盛を誇ったために次第に忘れられていってしまいました。
下の作品は、ラ・トゥールの死後に生まれたロココ美術を代表する画家、アントワーヌ・ヴァトーの作品です。
《シテール島への巡礼》1717年 油彩画 H129㎝×W194㎝ ルーブル美術館蔵(フランス)
華やかな衣装を着た貴族たちがとても楽しそうに描かれています。使われている色もピンクやペール・ブルーなど可愛らしい感じです。
18世紀フランスでは、このような軽やかで優雅な作品が好まれるようになりました。それに対して、ラ・トゥールの作品は《妻に嘲笑されるヨブ》もそうですが、
《悔い改めるマグダラのマリア》 1628年-1645年 油彩画 H113 cm×W93 cm ワシントン・ナショナル・ギャラリー(アメリカ)
背景を出来るだけ排除した暗い部屋の中で、小さな灯りで浮かび上がる人物の精神性が大きな特徴となっています。ロココ美術を好んだ人々にとって、このような明暗対比(キアロスクーロ)は重すぎたのかもしれません。
そのため、20世紀になるまでラ・トゥール作品はあまり注目されませんでした。しかし、1915年にドイツ人の美術史家ヘルマン・フォスの《聖ヨセフの夢》の研究によって再評価されるようになります。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖ヨセフの夢》 制作年不詳 油彩画 H93㎝×W81㎝ ナント美術館(フランス)
ラ・トゥール作品は、忘れられてしまっていたという経歴から年代が分からないものが多いです。《妻に嘲笑されるヨブ》や《悔い改めるマグダラのマリア》の制作年の幅が20年位と広くとられているのは、このような理由からになります。
今回は、静かな夜の作品を紹介してみましたが、いかがでしたでしょうか?描かれているシーンは、ある種悲しいものですが、ラ・トゥールの描き方によって、ヨブの気持ちを観賞者にも考えさせるような深い作品となっています。
『ヨブ記』は、注釈や解説が載った岩波文庫版のものが出ているので、ぜひ読んでみてくださいね!あまり分厚くないので、(内容自体は難しいですが…)結構さらっと読めると思います!
次回は、ヨーロッパのアートを紹介します(o^―^o)
画像は全てパブリック・ドメインのものを使用しています。
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今回参考にした本、おすすめの本を紹介します!ぜひ、おうち時間に読んでみてください!
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