『音楽文』平成の鎮魂歌、そして令和へ 米津玄師の『Lemon』
2019年5月29日♥117
昨年末の紅白歌合戦でも話題となった米津玄師の『Lemon』が日本では前代未聞のMV再生回数3.8億回を超えた。人の死がテーマのドラマ『アンナチュラル』の主題歌として作成されたこの楽曲は発表後1年以上が経つにも関わらず人々の支持は衰えることが無い。
その理由は曲、歌声の素晴らしさもさることながら、日本人の古来からある喪失による悲しみへの対処方法を踏襲しているせいではないだろうか。
死や離別による喪失は怒りや恨み、深い悲しみを伴うものだが、日本人はそれらの感情を表に出すのではなく、美によって心の中に収めてきたように思われる。万葉集の挽歌は愛する人の死の悲しみを美しい歌で表現しているし、昔話の『鶴の恩返し』では、とりかえしのつかない別れの場面を一羽の鶴が雪の空を飛んでいくという美しい情景で描いている。この曲も人の死がテーマでありながら、詩、メロディともにとても美しい。それが日本人である私たちの心に響いたことがロングヒットの理由だと思う。
私は、『アンナチュラル』をリアルタイムで観ていて、その後、年末年始の再放送で見直したのだが、こんなに暗い、救いのない話だったかと驚いた。私はこのドラマにあまり暗い印象がなかったのだ。その時、ああ、『Lemon』のおかげだと思った。『Lemon』が万葉集の挽歌のように、悲しみを浄化してくれていたのだと。そんなことを考えていた折り、新しい元号が発表され、その元号、令和が万葉集からの出典と聞いた時は、なにか不思議な符号を感じた。
東日本大震災を始めとした数多くの災害の続いた平成。平成の最後に数多く聴かれたこの曲は沢山の命が突然に奪われた平成の鎮魂歌なのではないだろうか。平成最後に悲しみを浄化して、新しい時代令和を迎えるため米津玄師という天才が必然的に作らされた曲という気がしてならない。
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