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人の役に立ちたいと思ったことがないから、「人の役に立ちたい。」と思うんです。

「人の役に立つことをしなさい」と言われたことがある。
人の役に立たなくても、自分がやりたいことをやりたいと思った。

「誰かの役に立ちたい」と思っていてはいけない、という文を読んだ。
私は、「役に立ちたいと思わなくてもよい」という意味だと思い、嬉しく思った。
しかし、読み進めると、「誰か」ではなく、具体的な「〇〇さん」のことを考えなさいという意味だった。
自分は、本当に、『人の役に立ちたい』と思っていないのだと、分かった。

結果として、人の役に立つことは、あるかもしれない。でも、「人の役に立ちたい。だから、これをやりたい。」とか、「人の役に立つことだから、これをやりたい。」とは、思ったことがない。

わがままなのだろうか。

人の役に立ちたいと思ったことがない。
だから、人の役に立ちたいと思いたい。
だから、人役に立ちたいと思うことにする。

人の役に立ちたいです。
どうすれば、人の役に立てますか?
そもそも、人の役に立つとは、どういうことですか?

私にできることで、人の役に立つことは何ですか?
私がやりたいことをやって、かつ、人の役に立つには、どうすればいいですか?

やりたいことをやって、私の性格的に、何かを考えるだろうから、それを、人に教える。
それぐらいしかないのかなと思う。
やりたいことは、やりたいことをやること。
できることは、勉強して、考えて、工夫すること。
それで人の役に立つ方法は、知りたいと思っている人に教えること?

私にできることは、何かを考えることぐらいしかなくて。経験とか、考えたことを論文にまとめて、他の人が利用できる知に昇華したい。これで、人の役に立ちたい。それぐらいしか、できることが思いつかない。

私が経験して、考えたことを本にまとめたら、私みたいな人がその本を読んで、何かしらの価値があったと思ってもらえれば、正解なのかもしれないなぁ。

でも、これは、人の役に立ってる?
誰かに求められてる?
ただの自己満足?
私は人の役に立ってますか?


自分にできる範囲、やりたいことの範囲で探してる時点で、間違っているのかも。

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