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「なんで硬くなる?」片麻痺患者さんからの疑問

 ある日、片麻痺の男性患者さんを担当することになったその初日。

  いきなり、「この腕はなんでこんなに硬くなったか?硬くなって動かなくなってしまった」と言われます。「思うようにならん、この腕はもう自分のものじゃない。硬くなって動かんけん、あってもしょうがない。切ってあんたにあげよう」と言って寂しそうに笑われます。

 麻痺のある腕は肘が曲がって硬くなり体の前にあります。その腕をさすりながら「なんでこんなに硬くなるんかのう?」と静かに呟かれます。

 僕も初対面でいきなりそんなことを言われて面食らいました。なんて答えたらよいかわからなくて、「そうですね・・・」と言ってそばに座ります。

 普通学校では、麻痺がある側の体が硬くなるのは症状として習います。

 ジャクソンの神経学では、片麻痺の症状には2種類あるとされます。

 一つは筋肉の弛緩性の麻痺で、健常者に見られる力強さや滑らかな動き、思い通りに動くという随意性が低下あるいは消えてしまいます。片麻痺患者さんでは消えてしまうので陰性徴候と呼ばれます。

 もう一つは通常健常者では抑えられている反射が亢進します。また筋肉が硬くなったまま腕や脚が独特の肢位に変形したりします。健常者では見られないのに片麻痺患者さんに見られるため陽性徴候と呼ばれます。

 だから「この硬くなるのがこの病気の症状なんですよ」と答えても良いのですが、患者さんもそんなことはもう承知のことでしょう。おそらく色々なところで説明を受けても納得できないので言われているのでしょう。

 それに片麻痺患者さんをたくさん見るうちに、この「症状として体が硬くなるというのは間違いではないか」と僕も思うようになっていたのです。

 急性期の病院で見ているとたくさんの片麻痺患者さんが入院してきます。どの方も最初は麻痺した部分が弛緩状態です。つまり麻痺した身体の部分はフニャフニャになって力が出ないのでだらんとしています。

 中にはベッドの真ん中に寝ているのに、良い方の腕でベッド柵を強くつかみ、「落ちる!誰かがわしの体を引っ張っとる!ほら、見とらんでなんとかせえや!」などと騒がれる患者さんがいます。もちろん誰も体を引っ張っていないし、静かに寝ておられます。

 つまり弛緩したフニャフニャの体は緩んで水の入った袋のようなものです。水の入ったビニール袋をテープルの上に置くと、重力に押されて安定するまで広がろうとしますよね。ちょうどあんな感じで麻痺した部分は重力に押されて安定しようと広がって、良い方の体を引っ張るのでしょう。だから誰かが引っ張っていると感じるのでしょう。

 しかしその後、多くの患者さんの弛緩した手脚は硬くなってきます。それもリハビリを始めると急速に硬くなります。フニャフニャの腕も座るようになるとあっという間に硬くなって肘が曲がり、体の前にくっつくようになります。脚も体重をかけると硬くなって体重を支えるようになります。

 実は人の体というのは、運動課題を達成する上でなにか問題が起きると自律的に問題解決を図る性質があります。片脚が痛いと体重をなるべくかけないように歩きます。ぎっくり腰の痛みがあると体を硬くしてなるべく痛みが出ないように動きます。

 片麻痺でも弛緩した腕は動く度に水の袋のように揺れて動きを邪魔します。弛緩した脚はいつまでも体重を支えることができません。だから人の体は筋肉を硬くする仕組みを体の中に探して意図的に硬くして問題解決を図っているのではないか、と考えるようになりました。

 実際に伸張反射の亢進は筋肉を硬くします。他にも探してみるとキャッチ収縮などの筋肉を硬くする仕組みが見つかります。

 その日、その寂しそうな患者さんを見るうちに思いもよらず自分の考えを話し始めてしまいました。脳卒中の元々の症状は麻痺で体の片側が弛緩してしまうこと。そうなると腕はブラブラと揺れてバランスを崩す原因になるので、硬く体の中心に固定されているのではないか。脚も硬くなって体重を支えるから歩けるようになるのではないか。手脚が動かないのは弛緩性の麻痺のせいで、硬くなることではない。むしろ動くために体を硬くしようと頑張っているかも・・・などと話しました。

 理学療法士として迂闊と言えば迂闊な行為だと思います。あやふやな個人的意見ですから。その患者さんは何も言わずに聞いていました。話し終わると急にシーンとしてしまったので、慌てて取り繕います。

 「実はその腕の硬さは上田法という技術で柔らかくなります。やってみましょうか?」と聞くと「うん」と頷かれます。上田法では3分間決まった姿勢を保持するようにします。

 3分が終わる頃にそれまで黙っていた患者さんが突然、「全くあんたの言う通りかもしれんのう。この手や脚は最初フニャフニャじゃったがいつのまにか硬うなっていた。考えてみりゃあ、この手も脚も動くために頑張っとたんじゃのう・・・・」と仰います。

 3分が過ぎて曲げたり、伸ばしたりの交互運動を行うと腕の硬さが取れて肘も伸び、腕が少し動くようになります。「おっ、こりゃあ軽くなった!楽になったよ!それに動くようになった!」と笑われます。そしてその手を色々な方向に動かされます。

 笑顔を見て僕も急に元気になりました。「そうですね、硬くなるのは動くためですが、ブレーキがなくて硬くなりすぎてしまうことがあります。そうすると重くなったり不快になったり全く動かなくなったりします。だから時々こうして柔らかくして、その間にこの手をそんな風に動かしてください。そうするとこれまでのように硬くなりすぎることはなくなりますよ」と説明します。

 「うん、わかった。今日からよろしくお願いしますわ」と仰って僕もホッとしました。「この手や脚も頑張ってくれとるけん、わしも頑張らんにゃいけんのう」と笑いながら仰います。

 今もなんとなく心に蘇る思い出の一つです。(終わり)
※毎週火曜日にCAMRのフェースブック・ページにオリジナル・エッセイを投稿しています。最新のものは「先輩PTの説明が納得できない!(前編)」
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