MuseScore4での区切り~あらたな挑戦へ

【エクリチュールの抜け殻】

MuseScoreでの習作も10作を超えました。
クラシック・ジャズ・現代音楽といろいろなジャンルに挑戦し、DAWとしては限られた機能の中であれこれ試行錯誤しながらの日々を過ごしました。比較的うまく行ったものもあったし、いまいち自分自身が納得していないものもありました。しかしどの習作も制作の過程で多くの学びを得ることができました。それはDAWの扱いとかDTMの方法とかではなく、音楽そのものに対してでした。
「音」を扱うことの難しさ奥深さを思い知った期間でした。

MuseScore4でのこれまでの勉強の集大成として「エクリチュール(*1)の抜け殻」(作詞:福田聡、作曲:金山弘平)を、習作としてではなく作品としてYoutubeで公開しました。
作曲者の金山は筋金入りのジャズ屋さんで、とてつもなく難解なコード進行を駆使する変人(誉め言葉)です。この「エクリチュール~」も原キーはGmajorですが、トニックコードとして機能するGの和音は一つも出てきません。コードで言えば、Ebm7(11)から始まってBb7(#9,#11)で終わるという変態ぶり(汗;)です。メロディーラインはどちらかといえば単調なのですが、終始「調性」を感じさせない流れです。
パウル・ヒンデミットが「調性でありながら非ダイアトニック」という作風を追求したのに対し、金山は逆に「無調性でありながらダイアトニック」という世界を追求したのかもしれません。

しかもこれに被さっている詩がまた難解なのです。
作詞者の福田は、あるとき私と一緒に国立国会図書館で調べものをしたとき、ステファヌ・マラルメの「賽の一擲」(Un Coup de dés)に出会って何らかのインスピレーションを得たのでしょうか。何とも形容しがたい言葉の世界を作り出しました。私の理解の及ばない世界観でした。なので公開動画を作る際には、福田にディレクターになってもらい細かな指示を受けながら制作しました。おかげで少しは理解できたのかな・・・

その辺はお聴きになった方々の感想にお任せします。

(1*)ジャック・デリダ
エクリチュールは、常に起源としての著者の純粋な思考をよみがえらせることに失敗するが、むしろそのことによってその起源について考えることを可能にする。

【サルトル『嘔吐』】

「エクリチュールの抜け殻」制作中に連想したのはサルトルの小説『嘔吐』の中のとある一説でした。
海辺で水切りの石片を手にしたときに感じた嘔吐感、そこから様々な変遷を経て公園でマロニエの大樹と対峙するロカンタン。その彼がブーヴィルを離れる直前にある楽曲に心を奪われる場面。

Some of these days
You'll miss me honey
「マドレーヌ。もういっぺんレコードをかけてくれないか。汽車の来る前にもう一度だけ。」
マドレーヌは笑いだす。彼女はハンドルをまわす。そしていま、それがまたはじまる。
しかし私は、もう自分のことを考えない。七月のある日、暑くるしい暗い部屋でこの曲を作った、彼方の男のことを考えている。
旋律を<通して>サキソフォーンの白いすっぱい音を通して、彼のことを考えようとする。
彼はこれを作った。彼にはいろいろ悩みがあった。すべてが思いどおりにいってはいなかった。金にしなければならない楽曲 - それからどこかに、彼の希望するようには彼のことを考えてくれない女がいるにちがいなかった。 - それから人びとをぬるぬるとした脂の水溜りにする、恐ろしい暑さの波があった。こうしたことはすべて、なんら美しくも光栄あるものでもない。
しかし、私が歌を聞き、それを作ったのはあの男なんだと思うとき、私は彼の苦しみや汗を
・・・感動的だと思うのである。
※サルトル『嘔吐』1938(白井浩二訳:中央公論社, 1964)214-215頁(抜粋)

【MuseScore4からAbility4Proへ】

「エクリチュール~」を公開して、私のMuseScore4での勉強は一区切りつけたいと思います。
MS4は譜面作成ソフトとして異常なほど高機能の再生機能・高音質の音源を提供してくれています。そこで出来ることは沢山あり、そのすべてを理解したわけではないのですが、やはり本格的な打ち込みというものを考えると、細部にわたる調整が完全には出来ないということが制作過程で明らかになってきました。
コンピュータで限りなくナマに近い演奏を再現するという自分の課題を実現するにはMS4では無理だと結論しました。そこで蔵にしまってあったAbility4Proで打ち込み作業を継続することにしました。Ability4Proは国産DAWとしてはかなり完成度が高く、私自身その前身のSingerSongWriterを使っていた期間が長く(といっても10年位前の話ですが)、入りやすいと思ったからです。DAWとしてはこちらが望む機能はほとんどすべて網羅されています。いや、あまりにも沢山の機能が付加されていて果たして使いこなせるかどうか不安になるほどです。
しかしミュージシャンとしての活動を事実上休止している身にとっては、時間はいくらでもあります。腰を据えて取り組んで行きたいと決意しています。

【吉原幸子「オンディーヌ」】

先日、とあるライブに出演したとき、曲のいくつかが吉原の作品であることから、ご子息の吉原純氏が来客していました。お会いしたのは10年以上ぶりだったのですが、光栄にも私のことを覚えてくださっていて、吉原幸子生誕90年没後20年記念 を記念して出版された「詩人 吉原幸子 愛について」(平凡社コロナブックス;2023/6)を頂戴しました。
そのなかで気になっていた長編詩「オンディーヌ」に感ずるところがあったので、それを作品化したいと考えました。純さんを通じて作品の使用許諾もいただきましたので、今から一年ほどをかけて取り組みたいと思っています。内容としては詩の朗読・歌・映像と音楽を絡めた組曲風のものを作ろうと思います。かなりの大作になると思うのですが、これまでの音楽家人生のすべてを総動員して何とか形にしたいと思っています。
制作過程についてはこのnoteでも折に触れてご報告したいと考えています。
ご期待ください。

【英訳または仏訳募集&歌い手募集「エクリチュールの抜け殻」】

原詩を英訳または仏訳していただける方を募集しています。
またこの難解な歌を「私だったら完璧に歌える」という方も募集しています。
ただしいまのところお仕事にはなりません。ボラでお願いできれば嬉しいです。(良いものができれば、いずれ収益化は考えます。)

『エクリチュールの抜け殻』

仮面の 奥の 黒々とした

* * *

嬉し 悲し 節穴
空虚な
語らずに 踊るだけ
燻んだ気配
冷たい手
夢 枯れて 声 乾き
もう 誰かの借り物
そう あなたは他人

* * *

辿り着けぬ かの夢
幾度も
掛け違え ほつれゆく
螺旋の言葉 劈(ひら)かれて
飛び損ね 転がりし
いま 誰もが見つめる
嗚呼! 賽の幕引き

* * *

鏡の 前には
誰も 居ない


https://youtu.be/jTHolg6sx6I


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