撮影料は交渉すべきか
フォトグラファーとして撮影を請け負う際、お金の問題は常に付きまとう。全てに目を通すのは不可能なので断定はできないけれど、ブログやユーチューブなどでこの問題について触れているものは少ないように感じる。特に日本の場合、それが顕著に感じる。ちょっとこの問題について自分なりに整理してみたい。
依頼する側が決める場合
新聞や雑誌などのエディトリアルの撮影の場合、媒体によって撮影料や使用料(ライセンス料)が決まっている場合が多い。経験で言えばほとんど。時折、撮影料や使用料を尋ねられることもあるが、数は少ない。
以前、ある日本人フォトグラファーのブログで、雑誌媒体から再使用の打診があった場合、いつも無料でOKするという記述を見て驚いたことがあった。もちろん撮影段階でいつまで自由に使えるかということが決まっている場合もあるだろうが、そうでない場合は連絡が来る。その際には媒体が規定する使用料(ライセンス料)かフォトグラファーの要求する料金が支払われなければならない。これを勝ち取るまでの先人の努力を思えば、ちょっと理解し難い。マグナムのような写真家集団もこうしたフォトグラファーの権利を守るために始まり、存続しているはずだ。
もっとも最近は写真撮影がフォトグラファーだけのものだけではなくなり、状況は厳しくなりつつある。法的に認められた著作権は認めつつも、再使用の支払いをやめたり、他媒体での使用は撮影を依頼した媒体が管理し、使用料(ライセンス料)の一部をフォトグラファーに支払うなど、制限を掛けてくる場合が多い。ひどい場合には撮影段階で著作権の譲渡が発生し、全撮影カットの著作権が取られてしまうという項目が同意書などに含まれている場合もある。こうなると撮影料のみ支払われ、撮影したものは全て安全に保管して、依頼媒体から別カットの要請があれば無料で探して処理をしなければいけなくなる。RAWファイルを保管して、それを探し、フォトショップなどで加工、キャプションを適切に付ければ、それなりに時間がかかるし、維持費もかかる。
話が逸れたが、フォトグラファーの先人が勝ち取ってきた権利を自分から放棄するのは単なる安売りであって、自分は当面仕事に困らないかもしれないが、業界は尻すぼみになってしまう。
フォトグラファーが決める場合
写真館などで、あるいはそうでなくても個人の撮影を数多く請け負う場合、一つのパッケージとしてフォトグラファー側が料金を設定している場合も多いだろう。結婚式や卒業式、観光地での記念撮影など、定価があった方が依頼する方も簡単かもしれない。複数のフォトグラファーから選ぶ顧客にとっても便利だろう。ただしフォトグラファーは値段を設定していても、依頼者側がパッケージにないサービスを求めてきたり、純粋にねぎってきたりすることもある。言ってみれば交渉に引き摺り込まれる場合だ。足元を見られていることもあるだろう。
ある媒体用に撮影した写真のライセンスを個人が購入したいという申し出を受けたことがあった。フォトグラファー仲間と相談した上で以前から自分が設定していた年単位のライセンス料を知らせたところ、サムネイルを送って欲しいという。送ったところ気に入った写真が2枚あり、どちらにしようか決められないという。2枚のライセンス料を知らせたところ、今は金がないのでまたいつかという返事だった。その後、媒体のサイトからコピーしたものと思われる写真と記事がその人のサイトに使用されていたり、トラブルの絶えない人だった。超一流大学出身の作家ということで著作権についてよく理解していると思ったのが甘かった。
結局、数年後に連絡があったものの、最初の段階では何も言っていなかったパッケージの中身について、他のフォトグラファーは無期限、無制限のライセンスを売ってくれたのに、あなたはなぜできないのか、などと言われた。フリーランスのフォトグラファーにとって撮影以外の時間を取られるのは痛い。たとえ多額の手数料を払っても写真ライブラリーなどにライセンス販売は任せる方が得策だと教えられた経験だった。
そうでない場合
話がまた逸れたが、前項で出てきたようなケースや、それ以外の場合は多かれ少なかれ撮影料などについて何らかの交渉が必要な場面が出てくるのではないか。広告はもちろんPRやサイト用の撮影などで企業や団体で依頼してくる場合もそれに当たる。
先日、英国のフォトグラファーがポッドキャストで、初めての顧客からの問い合わせは、一日の撮影料を尋ねられることから始まる場合が多いと話していた。筆者の経験でもそういうことが何度かあった。このフォトグラファーも続けて話していたが、そう言われても困る。
というのも、事前にロケハンは必要かとか、現場までどのくらい時間とコストがかかるか、また撮影内容によってはアシスタントを雇わなければいけない場合もあれば、機材を借りなければいけない場合もある。撮影後の後処理も多くの場合、フォトグラファーの仕事なので、どのくらいの枚数を納品する必要があるのかによって料金が変わってくる場合もある。つまり多くのケースで個別に話を聞いてみないとわからない。もっとも依頼してくる人自体が写真について何も知らない場合、本人が何が必要かわかっていないこともある。そうなるとメール何本か交換したくらいでは見積もりすら出せないかもしれない。事前に会う必要があるとすれば、フォトグラファーによってはそれを費用に組み込むだろう。
筆者の経験では撮影後の処理はいいから全て渡して欲しい、ということもあった。フォトグラファーによってはフォトショップなどで処理する前の写真を渡すことに抵抗がある人もあるだろう(筆者も今はそうだ)。要するに何が言いたいかと言えば、依頼主の要望に沿って撮影を請け負う場合、細部を詰めないと撮影料はわからないということだ。フォトグラファーによってはこうした事前交渉はほとんどせず、撮影に向かう人もいるかも知れない。先方の担当者が慣れていない場合、嫌がられる可能性もある。しかし、前述のフォトグラファーも言っていたけれど、懸念があったのに事前にきちんと交渉せず、現場でその問題が実際に出てきた時の気分は最悪だ。あの時に確認していれば、というような気持ちを抱えながら撮影するのは少なくとも精神衛生上良くない。
現実では現場に来てから見積もりが変わってくるような変更を気軽に言ってくる担当者もいる。担当者が変わらず何度も依頼してくれる顧客なら柔軟かつ粘り強く対応するところだが、実際には担当者が何度も変わるとか、一度きりのクライアントだったりしてお手上げに近いケースもある。
交渉の注意点
前述のフォトグラファーは初めての顧客が一日の撮影料を尋ねてきた場合、典型的な撮影料は⚪︎⚪︎だけれど、依頼内容の細部を聞かないと正確にはわからないと言って交渉を促すそうだ。筆者の経験でも多くの場合そうしかできない。
また、この人が話していたゲストのコンサルタントは、後戻りできない点に注意を促していた。筆者なりの理解では、料金を後で「やっぱり⚪︎⚪︎欲しい」と値上げすることはできない。当たり前だろうと言われそうだが、細部を確認せずに撮影料を提示した後、予期しなかった労働時間の延長は他のコスト上昇があった場合でもそこから料金を上げる交渉は難しい。適当に値段と決めていると思われた場合は不信感につながる。料金の提示をする場合はそれに何が含まれているのかきちんと説明していれば、さらに撮影時間や加工する写真の枚数が増えた場合に交渉の余地がある。追加の料金はいくらになるかなど顧客の要求が変化した場合に備えて説明しておけばさらに良いだろう。もっと言えば、同じ顧客から再度依頼があった場合、原則的には同じ料金ベースでやらなければいけないので、注意が必要だ。
まとめ
結論めいたことを言えば、交渉が必要なケースは多々あり、細部を確認しないと見積もりすら出せないこともある。もちろん顧客によってはそれを嫌がる場合もあるだろう。しかしフォトグラファーが自分の身を守るには確認すべきことは確認しないといけない。あの時確認していれば、と思いながら意に沿わない撮影をすることほど虚しいことはない。