#17 【壮年の奇喜】 月と6ペンス

10日連続投稿③

『月と6ペンス』(サマセット・モーム)
・内容:知り合い以上友人未満の三人の中年男性が,パリで織り成すペーソス&ユーモア&カオス
(滋養に富んだ冷製ポタージュ。独特な味わいと舌触りだけどすっきり)
・ストリックランド:寡黙な金融会社社員だったが,妻をロンドンに置いて突然パリへと旅立ち,画家を目指す。(ゴーギャンがモデルとされている)
・ストルーヴェ:ストリックランドの才能に惚れ込んだギャラリスト。無限の優しさによって, の引き起こすどつぼに嵌まってゆく。
・語り手:懇意にしている社交界の人物から依頼され, を見張りにパリへ行く。
 

○芸術という社会から隔絶された場所で,他人には見えない山を登り続けるストリックランド。通念からは離れた絵画を,狂気に満ちた様相で書き続ける。読者としてその自由さに圧倒され,3%羨望し,惹き付けられる。 

○ストルーヴェは引き受けることで人生をめちゃくちゃにされるが,彼は彼のルールから逸脱しない。

○斜に構えすぎず,詩情とユーモアが垣間見れる,艶やかに光る文章。皮肉や比喩,第三者視点が,空間に奥行きを与えている。小気味いい会話のラリー,人物描写も洒脱。

○人生のどうしようもなさ,理不尽のなかで踠くことの崇高さと可笑しさ。間接的なペーソスを交えた,ドライ過ぎない感性によって,作者の人生観のようなものがのったりと染み込んでくる。



*以下しおり

【月と6ペンス】しおり
82自分の考えを話すのが苦手なようだった。まるで,言葉ごときで心の内が表せるものかと言わんばかりだった。彼の考えを推量るには,決まり文句やスラング,曖昧で中途半端な身振に頼しかなかった。だが,大したことは言不にも関不,その個性には人を惹付何かがあった。その何かとは恐らく一途さ。

86がん細胞が生物組織の中で育続様に。欲求は遂に宿主を飲込程膨上,矢も盾もたまらず行動させるに至った。例えばカッコウの様なものだ。ーそんな欲求が株主仲介人を破滅導

他人の事等気にしないと幾ら嘯いても,大抵人間は本心からはそう思不。彼らが好勝手に振舞のは,自分の奇行は誰にも知不と安心故だ。また多数派に背向のは仲間に支持被故に過不。

88世間に認被という欲望は,恐らく文明人に最も深く根差した本能だ。型破自認女に限って,厳世間の批判に晒被途端,世間体という名の隠れ家に駆込。人の意見等どうでもいいと公言する人間を,私は信用しない。それは無知故の強がりだ。彼らが批判を恐不のは,自分の欠点を隠しおおせていると思込故過不。

ストリックランドは世間の因習とは無縁だった。まるで全身に油塗レスラーの様だ。体を掴んでも,徒に自由与だけ。

89良心とは心の警察で,人が法を破不よう目を光らせている。つまり,自我という要塞に送り込んだスパイーー良心とは,個を全体に結びつける太い鎖ーー人間は社会を王座に座らせる。あたかも自分の肩を打つ王笏にこびへつらう廷人のように,人は自分に良心があることを誇る。

106夫人の申出が寛大さに因ものでは無事は分。苦労は人を高潔にすると云が,それは嘘だ。幸福は時によって人を立派にする事もあるが,大方場合,苦労は卑劣で意地悪な人間を作出だけ

108中身が乏しく,大衆的で,ありふれた理想だ。だが理想には違いなく,それがストルーヴェに奇妙な人間的魅力を与えてもいた。ーー絶えず心に傷を負いたが,あまりのお人好で,相手を恨と云事が不可た。例えマムシに噛まれても,彼は何も学不。痛みが収まればすぐに,やさしくマムシを掴んで自分の胸に置やるはずだ。彼の人生は,喜劇的に演出された悲劇だった。

162アトリエの静寂は塊の様に濃くなり,殆ど手で触可そうな程

165「前と変わらず,あの男の事が嫌いですか?」「前よりもっと。そんな事が可能なら」(ストルーヴェ妻ブランチ)

189夫への愛にみえたのは,じつは,与えて貰う愛情や快適さに対する反応に過不のだろう。

193私は,道徳を振りかざして怒るのがどうも苦手なのだ。義憤には必ず自己満足が含まれていて,ユーモアのセンスがある人間なら誰でも決まり悪さを感じるものだ。よほど真剣でなければ,自分の事を笑ってしまいそうになる。

199ブランチシュウ酸で自殺図→ストルーヴェは話しているかの様に口をぱくぱくさせたが,声は聞こえなかった。ー私の心臓の鼓動が激。そして何故かは分不が,無性に腹が立った。

233人を揺さぶる様な新しい精神が宿ていた。それはみる者の創造力を思いもよらない方法で連去,ぼんやりとした空隙,永遠の星星によってのみ照被場所へ導。そこでは,魂は全くの無防備になる。そして深い恐れを抱きながら,それでも新たな神秘を探そうとするのだ。 大げさな言い回しだが,それはストルーヴェが大げさだった故だ(言迄無,気分の高揚した人間は,つい作家の様な言葉を使ってしまう)

245「女は自分を傷つけた男なら許せる。だが,自分のために犠牲を払った男は決して許せない」

248彼が筋道立てて話様に書が,実際,語彙もで文章組立力も乏

267抗いきれずに肉欲にふけることもあったが,我を忘れさせる本能を憎ー一旦自制心を取戻と,その姿を見だけでぞっとした。既に思いは天開を彷徨っており,女に対してはおぞましさしか覚不。恐らくその嫌悪は,花の間を飛び回る美しい蝶が,誇らしい思いで脱ぎ捨ててきた汚いサナギの殻に抱く嫌悪と同じだ。芸術とは性衝動のひとつだと思う。

305生まれる場所を間違えた人々がいる。彼らは生まれた所で暮らしてはいるが,いつも見事無故郷を懐。生まれた土地にいながら異邦人ー自分の物ではない人生を生き,馴染めないまま一生を終。違和感に苛まれ,方々を彷徨ってついの住処を探とする者もいるー訳もなく懐かしい場所に行着者もいる。

327「大気は夜に咲く白い花の香りがします。実に美夜でした。あんな夜には,肉体に閉込被魂が耐不可なり,今にも宙に漂い出していきそうな気がしてくる。死が親しい友人の様に思来」

330タヒチでは,現地人も欧人も,ーを変種の魚の様に思いたのだ。だが,この島には変わった魚など幾らでもいる。珍しくも何ともない。世の中にはおかしな人間が沢山いておかしな事をしている。そんな風に思っている様だ。彼らは知っていたに違いない。人はなりたい姿になれる訳ではなく,なるべき姿になるのだ,と。英や仏にいた時のーはさしずめ丸い穴に打込被四角い釘だった。だが,ここでは穴に形が無。故合不釘は無。

366聖書の一部が口をついて出そうになったが,私は黙。聖職者と云のは,信者に特権を奪被と冒涜被た様に感じるものだ。


コロー ヴィンターハルター 289コケーニユ(逸楽の国) やす コプラ 335エヴィダモン(勿論)  368神は緩やかに臼をお回しになるが,たいそう細かくお挽きになる


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