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「すやすや女子 」と「ぐーぐー女子」

今朝、本当にショックなことがあった。今朝というか午前11時12分の出来事で、まだそれから数時間も経っていない。私には月に2回ほど夜通しホラー映画を一緒に観る女友達がいて、昨日は夜遅くまで観た後そのまま泊まらせてもらった。

朝、初めて私が彼女よりあとに起きて、しかも11時前だったので(彼女は午後から予定があると言っていた)すごく謝ったら「予定は14時半からだから全然大丈夫だよ」と言ってくれた。嬉しいと思ったのち、こう言われた。「でもいびきかいてたよ」。えっ、嘘でしょ。

嘘でしょう?と聞くと、本当だよと言う。スピーという可愛くて小さな音だよね、と聞くとぶぶぶふみたいなまぁまぁ大きないびきだったよと言う。そして「言ってなかったけど、けっこうかいてるよ」と続けた。ショックだった。天地がひっくり返るほどショックだった。「いびきくらい普通だよ」と言ってくれたけど、いびきが大きい人とすやすや眠る人どっちが良いともし聞いたら、絶対に後者を選ぶはずだ。

一番ショックなのは、この衝撃が同じ重みで受け取ってもらえないことだった。現にたまたまこのエッセイに行き着いた人に「なんだただの鼾かよ、去ね!」と思われる自信がある。でも本当に世界がぐらっと変わったのだ。私はこれからいびきのある人生を生きなければいけないと本気で絶望した。

寝顔が綺麗なこと。それが私の数少ない長所だったからだ。

ーー小さい頃から、本当に、寝顔が綺麗だと言われていた。死んだように眠り、微動だにせず、もちろんいびきもかかない。あんまりにも創られた寝顔っぽかったようで、何度も「本当は起きてたんでしょう?」と言われた。

親、友人、恋人。相手が誰であれ、何年経っても私は色んな人から何度も何度も眠っている様を褒めてもらった。私が自覚していない「眠りの最中」にこそ、私は輝くようだった。同じ空間で眠った人たちは、むしろ鼾をかいたり口を開けている人のほうが圧倒的に多かったのでーーそしてみな以前にそれを誰かに指摘され気にしていたようなのでーー私はそれはそれは大層うらやましがられた。

それを踏まえての数時間前である。私は長所の消えた世界で生きることになってしまった。いや、しばらく前からその長所はとっくに消え去っていたのだ。眠りの最中だから全く自覚することもなく、私は「寝顔はまぁまぁいいみたいだしいびきもかかないし」と、誰かと同じ空間で眠るときは寧ろふふふんと思っていたのだ。

ことは重大だった。パートナーがいない弊害がこんな形で現れるとは。つらい。

ーー「あなたのいびき、大丈夫ですか?」

A「はい、本当に完璧に大丈夫です。創られた寝顔のような美しい表情で眠ります」
B「ぶぶぶふと鼾をかきます」

この質問でAと答えられる人間がこの世にどれだけいるだろうか。そして、誰かと同じ空間で一緒に寝なければ、AもBもなく、そもそも質問に答えることすらできない。

自分のいびきを自覚しているかどうかという表面的な問題の奥に、もっと深みがあったのだと私は思い知らされた。

それから彼女に着信があった。ちょっと話して切り、「相手の都合で遊ぶのが16時になったし、寝不足だから少し寝るね」と言ってすやすやしだした。

彼女はそこそこいびきをかく女の子だ。でもそれはせいぜい「すぴすぴ」程度だし、彼女も今までの人生で自分のいびきレベルを把握し許容しているらしかった。それでも同じいびきグループとして、今日はいつもより多く鼾がほしい気分だった。

でも今日に限ってかいてくれない。すやすやと眠っている。静寂に包まれた部屋の中で、私はこれから先の、いびきのある人生を思って少し泣いた。「涙が本当に綺麗に頬を伝うね」と以前誰かに言われたことを思い出した。

今もまだそうなのだろうか。それを確認できるのは、でもまだまだ先になりそうだ。

ーー世界よ、あなたのいびきは大丈夫ですか。

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