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言い訳のない部屋
これは友達の話なんだけど。
とある女性に身体を狙われていた。直接的に書くと、寝たいと思われていた。会社の、いくつも後輩のその子は、「自分が寝たいと思った相手とは絶対に寝る」というトリッキーな感覚の持ち主だった。
直接言われたわけではないし(その子は周りを介して要望を間接的に伝えてくるという手法を取っていた。きっと何年もかけ洗練させていったのだろう)、一応同じ職場内でもあるので、その人の先々も考えハラスメントは申請しないようにしていた。噂はあくまで噂で、私の知る限り同じ職場内で何かがあった人はいないという油断もあった。油断してしまっていた。
詳細は誰かに真似されると良くないので割愛するが、とある深夜に、姑息な手段で私は女の子のアパートに入らないといけないシチュエーションに陥った。
半ば引きずられるようにして彼女のワンルームマンションに入らされた瞬間、私は一瞬ちょっと感動してしまった。その部屋は完璧だった。完璧に「言い訳のある部屋」だった。
その小さな部屋にソファーはなく、シングルベッドの正面の壁には大きなテレビが置いてある。天井に煌々としたライトがない代わりに、ぽつりぽつりと間接照明がある。テーブルも椅子が1脚しかない。しかも女の子はさり気なく自分のアウターとバッグを椅子に置いたので、座るところはもうベッドしか残っていない。この部屋は、男女が自然にキャッキャウフフするための言い訳が随所に施されていた。
反対に、もし比較的大きな部屋で寝室とリビングが仕切られていたり、ベッドまでの物理的な距離があれば、2人で話すときの距離も必然遠くなり言い訳が存在しない(だからこそきちんと好意を持っている者同士が、何かに屈することなく自分たちでどうするかを選べる)。
私は彼女の家に行く前にこれまた姑息な手法でお酒を二口ほど飲まされていたので、もう言い訳はすべて揃っていると言っていい。その部屋は、完璧に、「言い訳のある部屋」だった。「あの日は酔っていたから〜」「なんとなく雰囲気で〜」の裏には、心理学を学んだか本能的に人間の本質を把握できる類の人間の、自覚的な死角からの誘導があるのかもしれないのだ。
ーーでも流石に、ひどく強引な人 ✕ 言い訳のある部屋 =危険 と身体が告げていたので、私はちゃんと逃げ出せた。よかった。
そうして命からがら家に帰り、自分の部屋を見回し、私はちょっと悲しい気持ちになった。私の部屋には言い訳がないのだ。大きめの丸テーブルに椅子がちゃんと2脚あって、ソファーも1人がけ、ベッドまでの距離も遠く、TVもない。一応プロジェクターはあるけれど、ベッドからは見えにくい。そして私は基本的にお酒を飲まない。つらい。
あの女の子の完璧な部屋を見た直後だからか、自分の部屋が完璧に「言い訳のない部屋」だと気付いた。すごく怖い話をすると、私は“本能を刺激する計算された誘導”をしようと思えば(多分)ちょっとできる。でもそれはしたくないので、誰かを招くときは半分意識的に「言い訳のない部屋づくり」に気をつけている。
まぁまぁ自分を律しているからこそ、あの女の子の、完璧な部屋を見てちょっと当てられたのだ。本能に素直な人って凄いなぁ、とやはりまた一瞬感動した。
ーーやいのやいのあって彼女はもう会社にはいない。犯罪スレスレの方法は絶対に辞めたほうが良いと思うけど、そうでなかったら、病気にだけは気をつけて、彼女ものびのび過ごせる世の中だといいなぁとぼんやり思った。あの子も無事でありますように。