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長編小説:僕の幸せな結末まで_09




わたしに玉の輿願望はない






清一





それからも何度も僕たちは似たようなことで、けんかをして、話し合って、前よりちょっとお互いを理解して、そして仲直りした。春が来て、夏が来て、母は宣言していた通りに家を売り、小さな分譲マンションを手に入れた。ペットOKのマンションで、彼女は宣言していたとおり犬を飼った。父には無事男の子が生まれて、写真が送られてきた。お兄ちゃんになったね。となつに言われたけど、どう考えても、おじさんと甥っ子にしか見えないだろう。

秋になって冬になって、僕たちはまた二人で帰省した。僕は弟に会った。そこには清澄さんがいた。ばつが悪そうに小さくなっていた。僕たちはぎくしゃくと会話して、でも、一緒に連れて行ったなつが赤ちゃんに感動して抱っこして喜んでいる様子が見られて、僕は心が温かくなった。仙台についてまず弟に会いに行って、その後なつと別れて、母のマンションに行った。こじんまりとした中古マンションだと聞いていたけど、街の中心に近く想像していたよりずっと立派なので驚いた。

「最近、ここらへんの地価ってあがってるのよ。それに建物もまだ使えるって判断してもらえたし……」

だから、家が結構いい値段で売れた。母さんはたばこの煙をはきながら、淡々とそう言った。父さんに家を売った金を半分渡そうとしたが、断固断られたらしい。ただ、離婚後にずっと続いていた月々の仕送りは、母から言ってなくなった。

「生活大丈夫なの?」
「贅沢しなければ大丈夫よ。要らないって言ってるのに、どうしても面倒を見たがるのよね。男って、昔の女も今の女も二つとも所有したいものなのね。女は中途半端なのは嫌いなのに」

わんわん。母が飼っているコリー犬がすり寄ってきた。よしよしと母が撫でている。

「なんで、メスにしたの?」

母はしゃがみこんで彼女の頭を撫でながら目を合わせた。

「女同士のほうが楽しいのよね。ラッキー」

 母は普通に元気にしている。
 
正月が過ぎたあたりから、僕はなつより一年早く就職活動を始めた。いろいろ受けたけど、だめだろうと思ったが試しに受けた総合商社に思わず受かった。内定が出なかった人の中には自分よりもっと語学が堪能だったり能力が高そうな学生もいて、自分の何が彼らよりよかったのか正直わからない。だけど、きっと自分では気づいていないなにかいい部分が僕にもあったということだろう。

もう一つ驚いたことがあって、初年度 東京の本社で研修を受けた後の勤務地が仙台支社になった。次の勤務地へ移るまで仙台に住むことになる。

***

「え~。来年せいちゃん東京にいないの?」

なつは喜ばなかった。

「がっかりした」

食べかけのドリアのスプーンを置いてしまった。僕たちは家の近くの店でご飯を食べていた。会社の名前にも規模にも、なつは興味がなくただ、来年から離れ離れになるという点だけで、僕の就職活動の結果を評価している。もうちょっとがんばったね、とか、よかったねとかないのだろうか。でも、とりあえず、

「時間作って会いに来るよ」

テーブル越しに手を伸ばして、彼女の手を握った。なつはしばらく上目づかいに僕を見ていたが、もう一度スプーンを取った。

「社会人なったら忙しいでしょ。わたしがそっちに行くからいいよ」
「でも、来年はなつも就活あるだろ?」

なつはちょっと考え込む。

「わたし、仙台で就職する」
「えっ」

なつはじろりとこちらを見た。

「嫌なの?」
「いや、だって、折角東京で勉強したのに、彼が仙台にいるってだけで、就職先決めちゃうの?俺だってずっと仙台にいるわけじゃないんだよ」

言ってしまってから、地雷を踏んだとすぐわかった。

「せいちゃんはわたしと離れちゃっても平気なんだ」
「いや、そういうわけじゃ……」

なつはまたスプーンを置いてしまった。女の子って小さいときは男の子より精神年齢上だと思うんだけど、なつは一体いつ成長を止めてしまったんだろう。

「俺が仙台からまた別のところへ動くときはまた会社やめてついてくるの?」

返事をしなかったけど、考えていることはわかる。彼女は仕事にはあまり興味がなくて、そのときは僕と結婚したいんだと思う。だけど、そうは言わずに黙っている。

「俺は普通のサラリーマンだから」

慎重に言葉を選びながら話した。

「なつがついてくるのはいいけど、たいして豪華な生活はできないと思うよ」

きっと女の子にとっては結婚はゴールだし、シンデレラや白雪姫が結婚した後の話は省略されていて、ハッピーエバーアフターなのだけれど、それが現実世界には通用しないことを僕は知っている。

「それが分かった時に、あの時仙台についてくるのを反対してくれればよかったのにと言われたくはないんだけど」
「わたし、そういう玉の輿願望みたいなのないけど。わたし、せいちゃんと一緒にいれば幸せだよ」

地上五十メートルで綱渡りしているような会話は続く。

「正直、自信ないよ。離れたらせいちゃんに別の好きな女の子ができちゃうかもしれないじゃん」

僕の肩から力が抜けた。

「浮気なんかしないよ。仕事覚えるの必死でそんな暇ないと思うし」
「わたしより素敵な女の子なんていっぱいいるよ」

僕はテーブルの上の水をごくりと飲んだ。

「何度好きって言っても、俺の気持ち信じられないんだね」

それは最早僕の責任ではないと思うんだけど。

「でもね、君がそばにいてもいなくても、もし、君より好きな人が現れたらそういうのは止められないんだと思うよ。反対に、なつに俺より好きな人ができても、同じだと思う」

なつはじっと僕を見た。

「せいちゃんはわたしに他に好きな人ができちゃっても平気なの?」

女の人ってたらればの話好きだよね。そこまでいろいろな仮定条件を確認して、一体何をしたいのだろう。でも、男はただ付き合うしかない。

「平気じゃないけど、でも、例えばなつをずっと自分のそばにおいて、自分のことだけ見させて、自分のものにしたいとは思わないよ。学生とは違ういろいろな人と会って、仕事したり、遊んだり、いろいろな世界見て経験して、いろいろな可能性の中からそれでもやっぱり俺と一緒にいたいって思ってほしい」
「玉の輿にのりたいって思っちゃうかもよ」
「かもね」
「そうしたらどうするの?」
「結婚式に押しかけるかもよ」
「映画みたいに?」
「うん」
「それでもだめだったらどうするの?別の女の子、探す?」
「そしたら無我夢中で働いて金持ちになって、なつを見返す」

なつはけらけらと笑った。

「ねえ、俺が振られる前提で話すのやめようよ。つまらないよ。俺はなつが最後に選んでくれるって信じているからこういう話してんだけど」
「そういうせいちゃんはわたしのこと選んでくれるの?」

僕はなつの手を取った。

「選ぶよ」
「迷わないんだ」
「迷わないよ」

なつが少し微笑んだ。やっと……。

「だから、もう少し俺のこと信じてよ」

彼女は言った。考えとくだって、ちえっ。
彼女はもう一度スプーンを取った。きっとドリアは冷めてしまったに違いない。彼女はもくもくと食べながら言った。

「それでもやっぱりさみしいな」

***

彼女はもう一度考えるだろう。自分の頭でどうするか。もしかしたらそれでもやっぱり僕にくっついてくるかもしれない。それならそれでかまわない。それがよく考えた上での行動だったら。

学生時代に付き合い始めたカップルが、結婚までたどり着く確率を僕は知らない。ただ、おそらく大半は別れてしまうのだろう。社会人と学生のギャップで今まで素敵に思えていた人がつまらなく見えたり、忙しすぎてお互いに思いやりを持てなくなったり。僕だけがさきに社会人になって住むところも離れてしまうから、それをなつが心細く感じてしまうのは、自然なことなのかもしれない。だけれど、僕たちにはそれぞれが一人でいる時間というのもやはり大事なのだと思う。一人でしっかり立てるからこそ、二人で支えあえるのじゃないか。

手をつないで帰る帰り道に思う。

いつか、毎日家に帰ったときに僕を出迎える人は、やっぱりあなたがいい。二人に似た子供のいる家で、年を取りたい。あなたが誰か別の男と手をつないで離れていくような未来は想像できないし、僕はきっとそんな未来には耐えられないと思う。

長く一緒にいたいからこそ、今は少しお互いに大人になる必要があるのだと思う。離れながら相手を思いやり、信頼して、許しあう時間が。きっと僕たちなら少ないほうの確率に入れると僕は信じている。
きっとそう遠くはない将来に。





あとがき





最初に構想が浮かんでから、半年で仕上げた話で、予定より長くなってしまったので前半のみで一つの話にして後半を今まとめているところです。2人がメインになる話はこの二つで終わりになると思います。書き進めるうちにこの2人の現実には存在しない人達が本当に好きになってしまって幸せになってほしいなと思いながら書いていました。読まれる方にも楽しんでいただけたら幸いです。

2019.11.5        汪海妹
2019.11   初出 魔法のiランド 掲載
2020.03.25 小説家になろう 掲載

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