
長編小説:わたしの幸せな結末から_12
男はふがいない
清一
「ねえ、千夏……」
土曜日の午後、なつが買い物に行っていて、太一が友達の家に遊びに行っている隙に千夏をつかまえた。
「あのさ、今度お母さんの誕生日だろ。プレゼント選ぶの手伝ってよ」
千夏はちょっと驚いた顔をした。
「珍しいね」
「うん」
「ちょっとは反省したんだ」
「……はい」
言い方がきつい。
「でもね、お父さん。女の人ってのはさ、プレゼントっていうのは本当は物がほしいんじゃないんだよ。好きな人が自分のためにいろいろ悩んで選んでくれたその気持ちがほしいんだよ」
「はぁ」
「そんなの、娘に丸投げしちゃだめでしょ」
あっさり切り捨てられた。
「あのさ、女物の服とか靴とかお父さんがわかるわけないだろ?お前、服とか選ぶのうまいじゃん」
娘がにやりと笑った。
「この前の服、けっこうよかったでしょ?お父さんの好みなんて簡単なんだから」
やっぱり、こいつ。
「あのね、お父さん。誰だって最初はできないの。でも、好きな人喜ばしたくてさ、努力してだんだんプレゼントとかすてきなデートとかうまくなるわけよ。そういう努力したことある?」
「……」
「ていうか、最後にお母さんにあげたプレゼントって何なの?」
なんかまずい展開になってきているな、これ。
「……婚約指輪と結婚指輪、かな」
千夏はため息をつく。
「なんとなくわかってたけど、ちょっとさぼりすぎじゃない?」
「……はい。すみません」
「もう、これだから女で不自由したことのない男はだめなのよ」
ぎょっとして娘を見る。
「なに?」
「お前、本当に13歳か?」
ギロッとにらまれた。最近の13歳ってどうなってるんだ?
「とにかく、自助努力して」
もういちど切り捨てられた。娘はスマホの画面に視線を戻してしまった。僕は黙って想像する。貴金属とか女性物の服売り場に立って、店員さんにかくかくしかじか妻の誕生日とか説明して選んでもらっている姿……。それ、恥ずかしいやつだ。かわいい娘と一緒に選んでいるお父さんのほうが何倍絵になるか。
「千夏、何か欲しいものあるか、今?」
お、という顔で千夏がこちらを見る。
「スマホ。機種変したい」
なんで、そんな速攻でほしいものでてくるんだ?10代は。
「この前、持ったばかりだろ?」
「あのね、こんな古い型、今時持ってるのわたしくらいなの」
しばらくにらみあいながら、頭の中で大体いくらぐらいかかるか計算してみる。
「買い物つきあったら、買ってやるよ」
「やった!うそ?」
娘はぴょんと飛び跳ねた。背に腹はかえられない。
***
「中澤、今夜、ヒマ?」
「ヒマだけど?」
「奢るよ。この前のお礼」
「この前って、ああ、お前たちの結婚記念日の時の?あんなん別にいいのに」
「いや、まあ、助かったからさ」
***
「で、なっちゃんが元気ないってお前、何したの?」
「うん。まあ、あれだ」
「どうせ、お前のことだから、また女がらみだろ?」
「浮気したわけじゃないぞ、言っとくけど」
「まぁ、信じるけど。目の前で何回かお前が羨ましい誘い断っちゃってるの見たことあるからな」
「それ、なつと千夏に言うなよ。ややこしいことになるから」
中澤はただ笑って返してきた。
「で、なっちゃんは元気になったわけ?」
「……一応」
ふー。中澤はたばこの煙をはいた。
「よかったな」
「うん」
「なっちゃんって俺の元嫁にちょっと似てるよ。1人で抱え込んじゃうタイプじゃない?」
「そういえばそうかも」
「女の人はさ、抱え込んじゃうタイプは気を付けてやんないとね。俺みたいにならないようにさ」
「……うん」
今日は酒が入ってるせいか、素の顔をしていた。切なくて苦しそうな傷ついた男の顔。
「俺の奥さんってさ、浮気しちゃったんだけどさ、本当はそんなこと簡単にしちゃうようなチャラい女じゃないの。まじめな人なんだよ」
バーのカウンターの端っこで、ざわめく店内の片隅で静かにぼそぼそと中澤は話す。
「その彼女がそんなことしちゃうなんてね。俺、どんだけ彼女を追いこんだんだろうな」
中澤は両手で顔をおおった。
「俺の何がよくて何がいけなかったんだろうって毎日考えてんだよ。でもちっともわかんなくってさ」
ほんの少しの違いなのかもしれない。俺と中澤の立っている位置の違いなんて。本当は。
「やり直したいって思わないのか?」
「もちろん、俺はやり直したいよ。だけど、たぶんあっちは……」
ウィスキーのソーダ割りをのどに流し込む。
「結論決めたらね、頑固に動かない人なの」
ふーっと息を吐き出す。
「ふがいないな男って……」
自分で自分にそう言う。
「お前もたいがいにふがいないけどな」
「お前まで言うなよ。千夏にさんざん言われて落ち込んでるんだから」
「ああ、何かそういえば、言ってたな、そんなこと」
中澤にも言ってやがった。千夏のやつ。
「この前までお父さん大好きってかわいかったのに、この前なんか女で不自由したことない男はだめだって、父親に言うんだぜ」
中澤が大爆笑した。
「いや、千夏ちゃん。いいわ、やっぱり。俺、好みかも」
「千夏がお前なんて相手にしないって」
「千夏ちゃんはどんな男選ぶんだろうな」
「……考えたくないな」
「そんだけ言われてもやっぱかわいいんだな」
中澤はまたため息をついた。
「俺にも子供がいたら、ばついちなんかにならずに済んだのかもな……」
もう一度中澤の顔を見た。
「今、奥さんどこにいるの?」
「日本。実家にいるよ。山梨」
「今度会って、ちゃんと話して来いよ」
「……うん。そうするかな。ダメになった理由がわからないと、きっと二人とも前に進めない」
だめになった理由か。夫婦っていつも一緒にいるけど、長く一緒にいるけど、だからこそきっといつまでも時間があるからって、話しにくいこととかつい先延ばしにしてしまって意外とお互いに孤独なのかもしれないな。話すのは子供の話ばかりになっていって、ふと気づくと子供の話以外に共通の話題がない。
帰り道雨が降り出して、たいした雨じゃなかったので、そのまま濡れながら歩く。意外とお互いのことを知らない。お互いに知らない顔があって、そのお父さんでもない夫でもない顔で、他の女と浮気をするのかもしれない。それはただの一時の快楽で、どこにもいきつかない行為。そして、その刹那の欲望が満たされると、顔をもとに戻して自分の家へ帰っていく。男なんてその程度なのかもしれない。本当にふがいない。
信号待ちをする。夜の街に雨に濡れた光がちらばっている。僕はたくさんの灯りの渦の中から、自分だけの灯りに向かって踏み出す。僕は10年後、20年後のなつには、もっと図々しい人になってほしい。僕が彼女のために何かして当然というような顔をしていてほしい。そして、ただずっと一緒にいたい。心の健康ななつのままに子供の頃からずっと同じ笑い方のままで、今後こそ本当に一緒に年を取りたい。
母さんがずっと前に言ったことばを思い出す。『人生は平凡がいちばん。大切なのはその平凡な幸せがたくさんの奇跡の上に成り立っているって感じながら生きることなのよ』最近母さんと会ってない。今も彼女は仙台で、二頭目のラッキーと暮らしている。今回のことを母さんが知ったら、なんて言うかな?千夏とも違うなつとも違う言い方で、僕をなじるだろうか。思いつかなかった。久しぶりに母さんに会いたくなった。
***
「ただいま」
「やだ、せいちゃん。びしょぬれじゃない」
「傘もってなくって」
「もお、よりによってそんな日に新しいスーツ着てるんだから」
「……」
この人は僕よりスーツのほうが大事なんだろうか……
了
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。本作に関しては、執筆直後に書いたあとがきがあるのですが、そちらを廃棄して2025年、noteに初出で投稿した時点であとがきを書いております。
noteへの小説の投稿はおそらく、一回の投稿の文量をもう少し抑えた方が良いのだろうという考えも念頭にあったのです。皆様、お忙しい方が多いので、一回開いたらしばらく時間を取られる文字数は敬遠されるだろうという考えもあり。しかし、既に書いたものが多量にあり、これを少しずつ投稿すると最後までいくのにものすごい時間がかかります。 作品数が増えてきた時の検索も大変だろうと思い短く区切るのは諦めました。
著作一覧の方に自分の全作品が載せられていますが、作品で一番人気があるのは 木漏れ日 という作品で、本音をいうと、noteには私の一番人気のある 木漏れ日 から投稿したいという気持ちもありました。一方、先に木漏れ日を載せますと、それと比べて所謂おもしろくない他の作品は開いてもらえないだろうという不安もありました。
ここでまた読んでもらえる数に一喜一憂してしまう、投稿作家というアマチュア作家のごくごく自然な葛藤があります。
そこで、何度もこれを思い出して自分を励ますのですが、私のPV数は、最初の6作が良くて、7作目からガクッと下がります。ただ、それでも、ずっと読んできてくださった方がいらっしゃるんですね。最初から順番にずっと読んできてくださった方がいらっしゃいます。
7作目で落ちてから19作目で風向きが変わり、また1万を突破できるようになった。このPV数を落としてしまった間に書いていた作品は自分にとってゴミのようなものだったかというと決してそのようなことはないです。
自分で勝手に自分の作品をカテゴライズすると、自分にとって旅のおわりとはじまりまでが一区切りです。この 旅のおわり の意味は、清ちゃんのお母さんである塔子さんの死を意味しております。
簡単に手に取ってはもらえない暗いというか悲しい側面を描き、その部分では所謂 数は伸びなかったのですが、自分が自分にとって書きにくい難しいことを書くということは自分を成長させるために必要なことでした。
19作目以降の作品は以前のものより少し良くなったと思います。でもそれは、数が落ちても書こうと思って書いたもので自分が成長したからであり、やはり、目前の所謂数というものに一喜一憂することなく、一歩一歩でいいから山を登っていきたい、そのためには、自分が本当に書きたいものはやはり常に大切にすべきで、また、求め続けるべきだなと改めて考えている次第です。
そんなことを考えながら、この数日、わたしの を久々に読み返しておりました。 僕の では少女漫画のように始まり、その延長で始まる 少女漫画のような わたしの の前半が 後半でいきなり 女性漫画になってしまう。
作品の構成を考える時、現在の漫画のカテゴライズが便利なので利用しているのですが、おそらく自分の強みと同時に弱みはこの幅広さなのだろうなと思います。それを意識的にコントロールできれば、きっともっといい物を書けるのでしょうが、混在してしまっているためにまとまってないのだと思います。書いた当初はわからなかった、これが今思う私の問題点です。
饅頭が美味しかったからもう一度食べたくて来てくださったお客様に、私は今はカレー屋ですとカレーを売ろうとしているような、自分にはそんな落ち着きのなさがある。竜巻のような落ち着きのなさとでもいうのかしら?
あの饅頭が美味しかったとせっかく言ってくれる人がいるのに、「あんなものはね、もう、流行遅れですよ」と自分で作ったものを自分で貶してしまうような部分が私には確かにあります。
これがきっと私の書き手としての欠点なのだと思います。
階段は、一段飛ばしには上がれません。
あの世界的に有名なミュシャが、あんなにたくさんの下絵を描いていた。美しいものには目に見えないところにあんなにたくさんの努力があった。
自分がまず、自分の書いたものを大切にし、それに続く次の一歩を踏み締めなければ、本当にいいものなんて書けるはずはない。良い作品の後ろには山のようなドラフトがある。時間をかけて丁寧に作り上げること、昔も今もきっとそれしかない。
だから、自作を自分で あんなものは などと語ったり思ったりするのはもうやめようと思います。世界で一番最初に自分の書いたものに いいね ❤︎ を押すのは、いつでも自分でいいのです。
最初から 完璧なもの や いいもの を書けるような人もいるでしょうが、私はそんな人間ではありません。でも、それは、その作品たちは、自分が目指している階段の上へと続く一つ一つの石段なのです。 どれ一つとして無駄なものはない。
だから、自作はやはり最初から順番に投稿することにしました。
普通であれば、投稿される順に追いかけるように読んでもらうのが一番よい投稿なのでしょうが、自分の作品は一回の量が多いのです。ですから、いいなと気に入っていただけたら、ゆっくりでもいいので読んでいただけたら嬉しいです。また、これは面白くないなと思ったら止めていただいて、反対に著者一覧の中からこれなら読んでもいいかなと思うものを選んでいただいて、そちらに目を通していただけたら嬉しいです。
過去に比べて現在は執筆の速度が落ちておりますが、今後は量より質を求めて、ゆっくりとはなりますが新作を出していけたらと思います。
お時間を割いてお読みいただいてありがとうございます。鉄砲を打っても当てたり外したりの内容かと思いますが、命中率を少しずつでいいから上げていきたいと思っておりました。引き続き私に連れ添っていただけましたら幸いでございます。
最後に、私の全ての作品をお読みくださっている方々へ、本当にありがとうございます。こちらに書いても届かないかもしれませんので、また同じ言葉を別の場所でも改めて書かせていただきます。
2025.03.01
汪海妹
中国の自宅、息子の部屋より