職場にこそ必要な「マッチング」の発想#2
今回ご紹介するケースは、前回ご紹介したものより、さらに厄介です。「生真面目部下」が「朝令暮改上司」の下についてしまったケースです。
手がけるそばからひっくり返される
この上司は、ある大手企業の人事採用を担当していました。新しい人事戦略を考え、戦略的に社員を採用し、さまざまな研修プログラムを考えながらスタッフのキャリアアップを図るのが主な仕事です。
この上司のキャリパープロファイルを見てみると、エンパシー(感応力)が極めて高く、社員の動向によく気がつくタイプであることがわかります。アイデア志向も高く、柔軟性にも富んでいますので、臨機応変に次々と新しい試みを取り入れることにも巧みでしょう。ただ、新奇・リスク志向が高く、慎重性に欠け、徹底性が低くて、外的管理にも関心が薄いので、拙速に物事を運ぶ傾向があります。
実際の現場で、次々と新しい企画が打ち出されるのはよいのですが、採用方針がころころ変わるので一向に成果が上げられないという問題を抱えていました。本人は温厚な人柄で、部下の面倒見もいい、周囲からも慕われる優秀なマネージャーとして高く評価されているのですが、部下が真面目一点張りの堅物なので、スムーズにチームワークで仕事を進めることができないでいました。
人事を担当していながら肝心の直属の部下のキャリアアップが図れないのですから、上司としての能力を疑われかねません。
悪気がない分、元凶も発見されにくい
その部下のキャリパープロファイルは、積極性や抽象概念理解力、外的管理は高いのですが、主張欲、エゴ・ストレングス(復元力)、新奇・リスク志向、柔軟性が低いという典型的な「真面目人間」のタイプでした。
特に、柔軟性と慎重性などは、上司と比べると正反対の指標を示しています。こうした部下にとって、仕事の方針をくるくる変える上司は、全くの困りものです。真剣に仕事に取り組み始めるそばから、いきなり「やっぱりこっちで行こう。それは一時、棚上げだ」などと言われたらすっかりやる気を失ってしまいます。それが頻繁に続くと、ついに「どうせまた考えが変わるだろうから、ぎりぎりまでやらないでおこう」となり、仕事は少しもはかどりません。
上司は上司で、全く悪気はないのです。以前のものより少しでもよい案を出そうと情報を集め、知恵を絞り、あれこれ周囲に意見を求めながら結論を出そうとする結果、意図したわけでもないのに朝令暮改になってしまうのです。お互いに一所懸命、仕事に取り組もうとしているのに全く噛み合わないのですから、これはもう悲劇です。
部下は「こんな上司の下で仕事なんかしていられるか」と、すっかりやる気を失っていました。しかし上司は、どこかおかしいことには気がついていても「やればできるはずなのに、何でこいつはやろうとしないんだ」と思うだけで、まさかその原因が自分にあろうとは思いもよりません。
こうした状態が続けば、会社はやがて大きな損害を被ることになります。人事が停滞し、キャリアの改善が進まず、業績にも徐々にマイナスの影響が出始めます。
私たちはこの上司に面接し、部下のパーソナリティを説明しました。同時に、その上司の強みと弱みについても改めて気づいてもらい、対応を変えるように勧めたのです。部下の意見をもっとよく聞き、時間をかけて自分の方針を伝えるようにアドバイスしました。特に、一度決めたことを変えるような場合は、なぜそうするべきかをお互いに納得のいくまで話し合い、これまでの作業が無駄にならないように配慮する必要があることを說明したのです。この上司は、持ち前の物わかりのよさを発揮して、ただちに対応を変えました。自分が変わることでよい結果がもたらされると理解できれば、自説にこだわるようなことはせず、すぐにも行動に移すことができる「潜在行動力」の持ち主だったからです。
「黙っていた方が丸く収まる」訳ではない
一方の部下は、これまでずっと不満なことがあっても口に出して言うことができないでいました。それは、主張欲やエゴ・ストレングス(復元力)が低いことから見てもよくわかります。ところが上司のほうでは、部下がそうしたパーソナリティの持ち主であることを全く知りませんでした。そこでこの生真面目部下には、上司に対して何でも率直に自分の考えていることを言うように勧めました。上司は決して頑固な性格ではなく、部下の意見に気持ちよく耳を傾けてくれるパーソナリティの持ち主であることをよく説明したのです。
生真面目部下は、上司の指示を絶対のものと受け止めていましたから、その指示に口をはさむのはいけないことだと考えていたようです。ところが、少しずつ口を開いてみると、思ったほど上司からの抵抗が少ないことがわかってきました。
たとえ上司が頻繁に指示を変えたとしても、それが納得できるものであれば、部下は喜んでその指示に従うことができます。たとえ自分の意見が採用されない場合でも、相手が自分の意見をきちんと聞いてくれたと感じられるだけで、次の行動に気持ちを移すことはより容易になります。仕事を通じてお互いに目的意識を共有できれば、力を合わせることが可能になってくるのです。
問題なのは、お互いに「困った上司」であり、「融通の利かない部下」だと感じていながら、そのまま放置してしまうことです。これではいつまでたっても問題は解決しません。仕事を進めていく上で「気づき」はとても大切な要素となります。自分の「潜在行動力」に気づき、相手のパーソナリティをも知ることで、不要な誤解を避けることができます。