従業員アンケートにひそむ落とし穴
本人のことでも、本人にはわからない?!
経営者や人事担当者が従業員の意識を知るために、昔からよく用いられる手法のひとつに「従業員アンケート」があります。
低コストで運用できるITサービスなどの出現によって、アンケートにかかる手間は随分と減っています。しかし、アンケートの実施にあたっては、いくつかの注意すべき重要なポイントがあり、ここを誤ってしまうと誤った結論を導き出してしまう可能性があります。
たとえばある製品を購入した顧客に向けて「なぜその商品を購入したのか」と尋ねるアンケートを実施したとします。価格、フォルム、色、ライバル商品との優位性等々、顧客は聞かれるまま、アンケートに回答してはくれますが、果たしてそれが真実なのかどうかは顧客本人にもわからないのです。
よほどの思い入れがあれば別ですが、服でも、クルマでも、アクセサリでも、買った時のことを思い浮かべて、理路整然と購入理由を述べることができる人は実はそう多くありません。その時の気分や金銭的余裕、衝動買いに代表されるような何らかの心理的作用、無意識のうちに刷り込まれたメディアや知人からの情報等々、ちょっとした買い物にもさまざまな要因が影響していて、その影響が大きいわりに、アンケート回答時には本人の意識上に上ってこないからです。
モノに対してすらそうなのですから、ましてこれが職場環境に関することであればその傾向は一層強くなると考えるのが自然です。
たとえば「上司とのコミュニケーションはとりやすいですか?」という問いに「はい」「いいえ」「どちらでもない」で回答せねばならない場合、どう答えるかは回答者の性格や回答時の条件に大きく左右されてしまいます。
忖度:回答が露見することを恐れて、心情と異なる回答をしてしまう。
誤認:上司の意図的な(あるいは無意識の)行動を誤って解釈してしまう。
風評:噂話など上司に関する不確かな情報を信用してしまう。
時宜:直近のできごと(宴席・叱責など)が強い印象として残ってしまう。
解釈:「コミュニケーション」をある回答者は「直接話すこと」と考え、また別の回答者は「メールのやり取りのこと」と考えてしまう。
このうちいくつかは、ある程度の調査経験とスキルを持つ人がいれば、設問の創意工夫によって回避することができますが、聞きたいことを思いついた順に並べているようなアンケートでは、対策を検討するのに役立つような結果を得るのは難しいでしょう。
母数に注意が必要な「%」
アンケート結果には通常「%」が用いられ、組織間の比較や年度推移には便利なのですが、これもよくよく注意が必要です。
このような数字だけ見せられると、今年度、特に経理部門は早急に何らかの対策を取らねばならないのではないか?と思ってしまうかもしれませんが、この会社の新入社員は20名、営業部門へ配属されたのは5名、経理部門へ配属されたのは2名だったとしたらどうでしょう?つまり、経理の2名のうち、1人は満足、1人はそうでない、ということなのだとしたら、果たしてこれを%で評価してよいのか、ということになります。
新入社員数も、毎年一定数であればよいのですが、調査をした今年に限って、例年の倍の人数を採用していたりすると、その辺の事情も加味する必要があります。人数が増えれば増えるほど、パーソナリティのばらつきも大きくなり、価値観の多様化度合も上がるので、普通に考えれば満足度は下がるはずです。
しっかりとした調査設計ありきのアンケートであればこのようなことは起こりませんが「アンケートが手軽に実行できるシステム」などを使って、調査経験の浅い担当者が、操作マニュアル通りに実行してしまうと、実態とは異なる結論を導き出してしまったりすることがあります。
調査の統計学的有用性
以上のような理由から「AかBかを問うて、Aと答えた人が多ければ、傾向としてはA」と結論付ける調査は、殊に人事領域においては慎重に扱う必要があります。意識調査から、より客観的な結果を得たいのであれば、信頼できる大規模調査をベースに「Aと答える集団には、回答パターンにXという特徴がある」という手法を採用すべきです。もちろんこうした大規模調査は、業種・業態や、職種や年齢なども影響してきますので、一朝一夕に成すことはできません。長年にわたる数値の積み重ねだけでなく、参照可能なデータベースとして構築が必要で、そのための分析や研究も不可欠です。
「夕焼けの次の日は晴れ」「おぼろ月の翌日は雨」といった天気に関することわざを観天望気と言いますが、ある程度まとまったデータを基に未来を予測するという手法は、実は古来より日常的に使われています。より正確で客観的な実態を把握するのは手のかかる難事ではありますが、その筋のプロフェッショナルも存在しています(数はそう多くはありませんが)。
「手軽に使えるシステムがあるからとりあえずやってみる」のではなく「従業員満足度の向上」「組織活性化」「若年層の定着率アップ」といった具体的な目標や課題を設定するのがまず第一です。その上で、何が判明すればこれらが達成・解決できるのか、プロフェッショナルに相談してみた方が結局は早道かもしれません。