職場にこそ必要な「マッチング」の発想#3
企業には多くの人が集まっています。人ではできない仕事を、多くの人の協力を得ながら成し遂げるためです。企業で働く人にとって、自分もチームの一員であるという意識を持つことは基本中の基本です。
ところが、個人の能力が抜きん出ているような場合、チームワークになじめない現象が起きてきます。
サッカーの試合などでは、そうした場面を時折、見かけることがあります。個人技に優れたスタープレーヤーが一人でボールを独占し、長い時間ボールをキープして、一人でゴールに持ち込もうとします。ファンは喝采を上げますが、存在を無視されたチームのメンバーは快く思いません。チームスピリッツを欠いた組織は弱く、やがては敗北することになるでしょう。
今回ご紹介するケースは、そんなスタープレーヤーが会社の経営トップに就いた場合です。
一見うまく行きそうな「スターと優等生」という組み合わせ
Nさんは40代そこそこの若さで、大手の金融機関が設立したベンチャーキャピタルの社長に就任しました。優れたコンサルティング能力を買われて、親会社から送り込まれてきたのです。特に、ネット関連のベンチャー企業を育てる能力にかけては抜群の才能を発揮していました。
N社長のキャリパープロファイルを見ると、主張欲が高い水準にあると同時に、慎重性も極めて高い数値を示していることがわかります。
これは、ある種のパラドックス(逆説)を表しており、自分の考えを強固に押し通す一方で、事を進めるに当たっては極めて慎重に対処しようとするものです。Nさんが浮沈の激しいネットベンチャー企業を的確に選別し、それを確実に育てることができた背景には、性能のよいアクセルとブレーキを同時に兼ね備えているという恵まれた素質が寄与していたものと推測されます。
N社長は、必ずしもブームに乗って成功してきたのではなかったのです。手掛けた企業を粘り強く支え続けてきたであろうことは、その徹底性の高さが示しています。
そうしたエキサイティングな仕事に取り組んできただけに、さぞかし積極性(アグレッシブネス)も高いのではないかと思われがちですが、これはかなり低い水準にあります。アグレッシブネスというのは、その人の感情表現のレベルを示しています。これが高い場合は自分の主張を感情を込めて情熱的に表現しようとしますが、それが低い場合は、物事に興奮したり感情的になったりせず、常に冷静沈着に判断しようとします。
社交性や外的管理志向が低い点も、N社長が孤独に強く、周囲の環境にあまり頓着しないことを表しています。一言で表現すれば、Nさんはとても「クール」なパーソナリティの持ち主なのです。
一方、N社長のチームであるスタッフの標準偏差を見てみると、大手の金融機関が選抜に関与してきただけあって、極端な指標を示す評価軸の持ち主はほとんど見当たりません。リーダーシップもまずまずで、対人関係も良好、問題解決や意思決定におけるコンピテンシー(成果行動)も極めて高いであろうことを予測させます。標準偏差のボリュームゾーンが全体に右寄りということは、一言で言えば「優等生タイプ」なのです。Nさんのように抜きん出た才能の持ち主がいないかわりに、チームから落ちこぼれる可能性のあるメンバーも少ないというわけです。
このクラスターグラフを見ただけで、Nさんとスタッフとの関係がしっくりいっていないことがわかります。N社長の「潜在行動力」が、チームワークに適していないものだからです。
知らぬ間に広がっていたトップと現場の溝
実際、N社長とスタッフとの間は、ほとんど没交渉の状態でした。会議も開かれず、指示らしい指示も出されず、成果を共有して一体となって喜び合うこともほとんどなかったのです。会社はN社長が立ち上げたものではありましたが、自分のリスクで創業したわけではなく、社員もN社長を慕って集まってきたわけではありませんでした。潤沢な資金と、N社長が手掛けてきた急成長のクライアント企業群に支えられて、これまでのところ何の問題もなく順調に成果を上げてこられたのです。
Nさんにも、そうした冷ややかな企業風土を苦にする気配は全くありませんでした。これぞと目をつけたネット企業に狙いを定めて、必要な資金援助をしながら、クライアント企業のトップと一緒になって経営戦略を練ってきたのです。N社長には、それを成功させてきた自負と、自分のやり方に対する大きな自信がありました。
創業期にはそれでも何とかなったのですが、業容が拡大し、社員が増えるにしたがって、綻びが目立ってきました。スタッフの仕事への意欲が目立って低下してきたのです。自分の仕事ぶりを社長に見てもらえないスタッフたちは、評価される機会を失い、昇進への意欲をしぼませていきます。やってもやらなくても同じとなれば、自然にやる気もわかなくなってきます。そうした雰囲気はクライアントからのクレームとなって当の企業に跳ね返ってくるようになります。
こうした状況に危機感を抱いたN社長は、キャリパーを活用して改めてチームメンバーのパーソナリティを知ろうと考えたのです。やる気のある社員を抜擢して、事業の最前線に送り込もうというわけです。
ところが、チームから遠く隔たっていたのは、実は自分自身だったことに気づいてNさんは大きなショックを受けます。「独立心を持ちながら仕事に励んでいると、どうしても他人のことなんか構っていられなくなるものなんだ。しかし、それではどうもダメなようだね...」と。
トップがクール過ぎることで起こる弊害
私たちは社長自ら、チームのなかに溶け込むようにアドバイスしました。いわゆるマネージメント・バイ・ウォーキング(Management by Walking)で、社員の肩をたたいて歩くだけでいいから、もっと社員と接する時間を多く持つように勧めたのです。
会社にいるときはいつも社長室にこもって仕事をしていたNさんは、いつしか社員の前でチームワークの大切さを説き、自らチームビルディングに取り組むようになっていきました。個人の力量だけでは、企業を大きく成長させるのに限界があることを悟ったのです。
N社長は、自分のカリスマ性を外に向かって誇示するようなタイプではありませんでしたが、自分の能力と強さには絶対の自信を持っていました。こうしたタイプの人は、実際にそれだけの業績を上げているだけに、ともするとチームワークの大切さに気がつかないことがあります。
一般的に急成長を遂げた企業のトップは、業績を上げたのは自分だけの力と考え、スタッフを自分の野心を達成させるための「道具」と見なしがちです。そのため、一人ひとりの「潜在行動力」にまで目を向けようとしなくなります。業績が順調なときはそれでも人は付いて来ますが、ひとたび逆境に陥ると、傲慢なトップの元からは潮が引くように人は去っていきます。一人ではできない仕事だからこそチームを必要とするのに、その構成メンバーを大切にしないようなリーダーでは、とても最後までついていく気にはなれないからです。
人はそれぞれ、異なったパーソナリティと能力を持って生まれてきます。しかし、それを大きく伸ばすのも芽を摘んでしまうのも、その能力に「気づく」かどうかなのです。