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ペルシャの彩陶を復活させた日本人と、それを習得したイラン人たち

今から800年前ごろ、ペルシャ(現在のイラン)の陶器に広く用いられた技法に「ラスター彩」というものがある。ごく簡単に説明すれば、スズを含んだうわぐすりを塗って焼いた陶器に、金属酸化物を含む顔料で絵付けして再び焼く陶芸の技法。ラスター(luster)とは、英語で「光沢、輝き」を意味する。世界大百科事典(平凡社)によれば、「9世紀にメソポタミアで創始され、次いでエジプトに伝えられてファーティマ朝下で発達し、王朝滅亡後はイランに伝播した」という。

これまで、イランの博物館や日本の博物館の企画展などで目にしたラスター彩の陶器は、独特のにぶい金色や赤銅色に輝いていた。

特に印象に残っているのが、2015年の夏にイランの首都テヘランにある「ガラス・陶器博物館」でみた、7つのディンプルがある変わった形の器だ。にぶい光沢にも関わらず、強烈な存在感を放っていた。ずっと眺めていると、作られてから今まで経過した時間は、とても長い時間なのか、それとも取るに足らない短い時間なのか、などと考えてしまった。

ほぼ同時期にイラン北東部ホラサーン地方の都市、ネイシャブールで活躍した科学者であり詩人、オマル・ハイヤームが4行詩集「ルバイヤート」に込めた人生のはかなさを思った。

テヘランにある「国立博物館」や「ガラス・陶器博物館」には、主に現在のイランで出土したラスター彩の陶器が展示されている。

特に「ガラス・陶器博物館」は、ラスター彩などの陶器のほか、奈良の正倉院に所蔵されるものとよく似た、イラン出土のガラス器も多数展示されていて、伝統工芸ファンにはおすすめの博物館だ。

話をラスター彩の歴史に戻す。イランに伝わったラスター彩はその後、18世紀ごろ途絶えたとされる。これを数百年ぶりに復活させたと評価されているのが、日本の陶芸・美濃焼の大家、加藤卓男(1917ー2005)・幸兵衛父子だ。幸兵衛氏は、岐阜県多治見市にある、1804年開窯の「幸兵衛窯」の7代目当主である。

幸兵衛窯は現在、幸兵衛氏と子息の亮太郎氏により営まれている。窯焚の見学などもできるようだ。

その「幸兵衛窯」で、ラスター彩をイラン人自身の手で再現しようと、今年5月から幸兵衛氏の教えを受けている2人のイラン人女性がいる。アーリエ・ナジャフィ氏とアーテフェ・ファーゼル氏。その2人のラスター彩技法を用いた作品の展示会が、東京・港区南麻布のイラン大使館で7月27日か29日まで開催された。

8月1日~5日には、岐阜県多治見市の市之倉さかづき美術館の「ギャラリー宙」で「2人展」が開かれる。

2人がラスター彩陶を仕上げるまでの道のりは、ちょっと気が遠くなるほど長い。卓男氏とラスター彩の出会いから、話は始まる。

2017年9月17日付の「ニッポン・ドット・コム」の記事によると、卓男氏はフィンランド工芸美術学校に留学中の1961年、イランを訪れた。首都テヘランの「イラン国立博物館」でラスター彩陶器を見て魅了され、その美を再現しようと考えた。しかし、うわぐすりの作り方などの情報も残存しておらず、その道は困難を極めた。暗中模索が続く中、1968年、すでに故人となっていたイランのペルシャ陶器研究者の研究資料の中からラスター彩技法の詳細を見つけ出す。それから数年後、ついにラスター彩の復元に成功する。

この復元を高く評価したイラン側の協力のもと、イラン国立博物館で卓男氏の作品展示会なども計画された。だが、1979年のイラン・イスラム革命とその翌年から8年にわたり続いたイラン・イラク戦争は、そうした企画の実現を阻んだ。

父のラスター彩復元をサポートしていた息子・幸兵衛氏は、父の死後もラスター彩の継承に取り組み続ける。幸兵衛氏は2012年にイランを訪問。翌年、父の悲願でもあった、イラン国立博物館での展覧会開催が実現した。

幸兵衛氏は、ラスター彩技術のイランの陶芸家にも伝えようと考えた。2016年に、イラン陶芸協会長のベフザド・アジュダリ氏、カシャーン大学教授のアッバス・アクバリ氏が「幸兵衛窯」で3か月の研修を受ける。

アジュダリ、アクバリ両氏は2016年にさきほど紹介した多治見の「ギャラリー宙」で展示会も開いた。

そして、今年5月には、イランから2人の女性陶芸家が来日。「幸兵衛窯」でラスター彩技法取得に取り組むことになった。大使館での展示会はその成果を披露される場所になった。

アーリエ・ナジャフィ氏は、モスクや宮殿の陶壁画の制作・修復にたずさわるイラン政府技官。アーテフェ・ファーゼル氏はイラン北西部タブリーズのイスラム芸術大の博士課程に在籍する。2人の展示作品はそれぞれに個性的だった。ファーゼルさんはペルシャ神話上の霊鳥シーモルグや、メソポタミアからペルシャで出土するラマッス(人頭有翼獣像)をモチーフにした皿など。ナジャフィーさんは、イスラム教シーア派指導者アリーの言葉を記した陶板など。2人の作品を合わせて鑑賞すると、イランの歴史の深い奥行きが感じられた。

展示会には、幸兵衛氏の作品も展示された。鳥型のラスター彩の壺には、シルクロードの女性の姿が描かれ、複雑な方形壺は、唐から日本やペルシャにも伝わった「三彩」技法が用いられる。父卓男氏は、この「三彩」技法の保持者として、1995年に「人間国宝」に認定されている。伝統と芸術の融合に裏打ちされた、重厚かつ優雅な作品で、その気品に圧倒された。

日本の陶芸家が、イランの歴史ある陶芸の再興に力を注ぎ、それをイランの陶芸家たちが継承していく。7世紀に始まったとされる日本とイラン(ペルシャ)の交流。その発展のために果たしうる、文化芸術の役割はとても大きいと、改めて感じたのだった。

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