前例なき火葬の舞台裏を描く…映画「6月0日 アイヒマンが処刑された日」
第二次世界大戦下でナチス・ドイツが行ったユダヤ人大虐殺(ホロコースト)。その立案者とされたナチス戦犯のアドルフ・アイヒマンが1960年、潜伏先のアルゼンチンでイスラエル情報機関モサドに拘束され、イスラエルに移送される。翌年、裁判で死刑判決を受け、5月31日から6月1日にかけての夜中に絞首刑に処された。
作品は、処刑されたアイヒマンの遺体を火葬するための焼却炉作りに関わった人々の舞台裏を描く。
監督は、米女優グウィネス・パルトロウの弟、ジェイク・パルトロウ。彼は制作の動機を「火葬を行わない文化・宗教において、それが実行された事実に興味を持った」と語る。共同で脚本を書いたイスラエル生まれのトム・ショバルとともに徹底したリサーチを行い、これまで知られていなかった事実も突き止め、作品に反映させていった。
イスラエルはアイヒマンを火葬にし、さらには、その遺灰をイスラエルの海域外にまいたという。言うまでもなく、埋葬地=墓ができた場合、そこがナチス崇拝の「聖地」のような場所になってしまうことを懸念したからだろう。
類似の懸念は、2011年、米海軍特殊部隊によりパキスタン国内で射殺されたウサマ・ビンラーディンのケースでもあった。この際は、火葬はされなかったが、遺体は白い布に包まれ、米空母「カールビンソン」の艦上からアラビア海に流された。遺体のありかを特定されないための措置といえるだろう。
「聖地」のような場所を現出させたくない、というイスラエルの思いは、米国より強かったと言えるかも知れない。宗教的に火葬が禁じられている国で、人間の遺体を焼く「炉」を特別に注文して作らせているからだ。そのあたりのいきさつが、この作品の核を構成している。
建国から10年余り。1960年代の新しい国家の情景が、リアリティーをもってドラマ化されている。作中のセリフはほぼすべてヘブライ語。主人公はリビアからやってきた北アフリカ系ユダヤ人のダヴィッド。ユダヤ人の分類のうち、アラブ・アフリカ・アジアに住んでいた「セファルディーム」のカテゴリーにはいる。作品では、大虐殺から生き延びた者も多い「アシュケナージ」(ドイツ・東欧系ユダヤ人)とのホロコーストをめぐる温度差も描かれている。
アイヒマン自身や、アイヒマン裁判のシーンなどは一切登場しない。「アイヒマンの人物像は見る人の想像や解釈に委ねるものであって、理解してもらうものではない」。パルトロウ監督がそう言うように、作品は、埋もれていた歴史の真実をすくい上げようという意図に徹しているかのようだ。情感たっぷりの人間ドラマの側面も強いものの、冷めた視線で構築された作品といえるのかも知れない。
作品は、9月8日(金)から、全国ロードショーで公開される。
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