和菓子、この味《ひと本 石田屋の栗饅頭》
東京・上板橋の商店街の一角に、早朝からの行列で知られる和洋菓子店がある。地元で70年以上愛されている「ひと本 石田屋」だ。8時45分の開店前から行列をつくるお客のお目当ては、数量限定販売の「どら焼き」(190円)。当日朝に焼く生地に、自家製のたっぷりの粒あんと、栗の甘露煮をまるごと1粒挟んだどら焼きは、ほぼ午前中の早い時間に売り切れる。が、にぎわいは途切れない。同店には、お客がお目当てとする商品がほかにもいろいろあるのだ。とくに人気なのが「栗饅頭」(180円)。贈答用に大量に購入するお客も多い。店主の石田 孝さんが「切らすことがないよう、売れ行きをみながら随時製造しています」と語る、一番の看板商品だ。
約60年前から提供しているという栗饅頭は、ごく薄い生地で白あんと栗の甘露煮をまるごと1粒包んだ一品。大粒の栗が使われ、ボリューム豊か。同店のすべての商品に言えることだが、コストパフォーマンスの高さに驚かされる。そして味わうと、この栗饅頭の真骨頂がわかる。生地、白あん、栗が三位一体となって口の中で溶けるのだ。どのパーツもやわらかく、みずみずしいしっとり感がある。「そのぶん、日持ちは5日間と短いです。保存料などはいっさい加えず、脱酸素剤も封入しないので」と石田さんは語る。
同店は1950(昭和25)年に、石田さんの父である孝吉さんが現在地で創業。店名に冠した「ひと本」は、かつて都内にあった孝吉さんの修業先の和菓子店「一本屋」に由来。孝吉さんは洋菓子の修業経験もあり、開業数年後には洋菓子の製造も開始。66年には「第三回全国洋菓子展示大品評会」で最優秀技術賞を受賞している。石田さんは約40年前に入店して孝吉さんとともに製造に励み、2代目として店を継承。吟味した素材でつくる、親しみやすい洋菓子、朝生菓子や饅頭などの和菓子の両方を手ごろな価格で提供し、地元住民から絶大な信頼を得てきた。特徴的なのは、和菓子は最中や饅頭など、贈答にも向くものを主力としてきたこと。そして、贈答菓子であっても、日持ちよりも鮮度を重視していることだ。「添加物は極力使いません。“時間がたっても固くならないお餅はおかしい”“つねに新鮮なものを売りたい”といった、父の職人としての矜持がそのベースにあります。よいものは、やはり“足が早い”」と石田さんは語る。
栗饅頭の栗は、四国地方の3つの製造業者に固さや糖度を指定して特注する、約18g の甘露煮を用いる。毎年、栗が収穫される9月に1年分を確保。約18g という大粒の栗は流通量の約1割と希少だが、大粒の栗を使う店は少ないので、なんとか確保できているという。「栗だけが口に残らず、あんと調和するように、やわらかく煮ていただいています」と石田さんは語る。
手亡豆による白あんは、白ザラメ糖を用いて、やはりやわらかく練り上げたもの。白ザラメ糖を使うと、さっぱりとした甘味のあんに仕上がるそうだ。「“もどりがよい(焼成後、しっとり感が増す)”生地」と石田さんが語る生地は、全卵、上白糖、小麦粉、ベーキングパウダーのほか、ハチミツやミリン、有塩バターを用いてしっとり感やコクを高めたもので、ひと晩ねかせてから用いる。栗を白あんで包み、さらに生地で包む成形には、約50年前から特注の機械を使用。「機械で包むことで、生地やあんを余計にいじることなく、ごく薄い生地できれいな形に包める。手粉が不要で余分な粉が加わらないので、しっとり感も損なわれません」と石田さん。焼成には、ラックオーブンを使用。「回転しながら焼成するので、焼きムラが出ず、作業性がよい。じっくり焼いて水分をとばすほうが日持ちはしますが、240℃で9〜10分という高温短時間で焼き、しっとり感を残しています」。
仕上げにも特徴がある。栗の姿に似るように、生地に卵黄などを塗って焼くのが一般的だが、同店では、焼き上げた生地に甘さを抑えた羊羹液を付ける。この羊羹も、ほかのパーツの風味や食感とぴったり調和している。また、羊羹が付いたら温かいうちに包装。これもしっとり感を高める要素の1つといえそうだ。
同店の商品の原価率は高く、栗饅頭は約50%だという。手ごろな価格は「数を多く売っているから成立できています」と石田さん。栗饅頭の販売数は、年平均で1日約3500個、年末の一番の繁忙時は1日約1万4000個にのぼる。材料価格が上がるなか、手ごろな価格の維持には地道な努力も欠かせない。栗饅頭と人気第2位の「バター饅頭」は随時つくるが、朝生菓子や洋菓子は1日の製造数を控えめにして売り切り、割れた栗はほかの菓子に生かすなど、ロスを出さないことを徹底。余分な経費が生じないよう、店頭販売のみの1店舗経営を貫いてきた。
確かな味と魅力を備えながら、お財布にもやさしい。そんな地元の自慢の菓子を求めるお客で、今日も同店はにぎわう。
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※本記事の掲載内容は取材当時のものです。
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